気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

133

 祐樹がお母様のことを案じる心の余裕を――もしかしたら心の深い所にある傷を隠すための現実逃避だったかも知れない――持てたことも大変喜ばしい。前者であって欲しいと熱望してしまうが。
「この柚子のシャーベット、皮まで薄くスライスして入っていて、とても美味しいですね」
 厳密に言うと焼肉ではなくて鉄板焼きだが、やはりデザートはサッパリ系が用意されているらしい。
「祐樹は柚子が大好きだからな。私も好きだが。ああ、この味はコンビニで売っている柚子の皮を塩でコーティングしたのと――もちろん瑞々しさと言う点では異なるが、似ているような気がする」
 救急救命室勤務中の祐樹達は「凪の時間」を利用して良く行っているようだが、自分は夜の間は基本的にマンションから出ない。
 だから必然的にコンビニなどには行かないが祐樹とのドライブデートの時などはお菓子を――厳密には駄菓子に分類される――買いに寄ることも有って、その時に買った。自分用ではなくて祐樹のために。
「確かに、そんな感じですね。酸っぱさという点が。
 ただ、良く噛みしめると瑞々しい香りが口の中いっぱいに広がる点が違いますね。
 やはりたくみの技というか……」
 祐樹の言葉が聞こえたのか職人さんが笑みを浮かべている。自分もそうだが仕事中はその内容を褒められるのが最も嬉しいのは同じみたいだった。
「それはそうだな。柚子の香りも、やはり刻みたてなのか添加物で誤魔化していないのかは素人には分からないが、口の中で薫るような感じだし」
 売店で買ったブレスケアは必要ないような感じだったが、胃の中にはニンニクが入っているので、油断は出来ない。
 デザートを食べ終わってから、空中庭園兼喫煙所にぶらぶらと歩いて行った。
 普段は早足で歩くのがクセになっているものの、ワインが思いの外効いている。珍しいことに。
 ホテルの重厚さとシックさで統一された廊下を二人、肩を並べてそぞろ歩きをするのも心躍る出来事だった。
 祐樹も心の底から楽しそうな笑みを浮かべてくれているのも。
「ワインとニンニク効果は凄いですね……。身体全部に力が漲っているような気がします」
 金木犀きんもくせいの香りが夜のしじまに立ち込めている。そして鈴虫のリーンリーンという鳴き声も。
 そんな秋の風情を満喫しながら、祐樹の点けたライターの灯りとタバコの香りも何だか慕わしく切ない気持ちを呼び覚ます。
 それに秋の風がそよそよと吹いて来て祐樹の肌の熱が恋しかった。
 多分。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品