気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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 祐樹は一瞬逡巡するような感じで視線が宙を泳いでいた。
 ずっと祐樹を見てきた――それこそ、プライベートの時は当たり前のように、そして仕事中でも許される限りは――自分も祐樹がこういう感じの眼差しを見るのは初めてで、少し早まったか?と内心焦ってしまった。
 ただ、その後、祐樹は輝く瞳で自分を見てくれたので安堵したが。
「そうですね。是非そうしましょう。来週の金曜の夜から一泊にしますか?それとも土曜日も泊まりますか?
 上海ガニもお好きでしょう?もうホテルの中華レストランに入荷しているかどうか確かめてみますね。
 流石に、一日の夕食が和食と中華のダブルはきついので。赤ワインとお肉で催淫効果が本当にあるかどうか試してみるのも悪くないですよね……」
 実際に有れば良いとは思う。しかしプラシーボ効果でも良いので、祐樹も、そして自分も「その気」が最優先になれば良いなと強く思う。
 確かにプラシーボ効果は実際に効果があることは実証されている。然るべき権威とか実績を持った内科の医師のレポートを読んだことがある。その人はT大の内科の教授という「権威中の権威」だ。
 アメリカとかヨーロッパでは「こういう手術を何百件、何千件執刀しました」という経歴書を提出する方が認められる。もちろんその国の医師免許を持っていることは必要だが。
 そしてそのT大教授が人払いをした上で――自分の勤め先でもそうだが、教授が准教授以下の医局の医師を遠ざけて患者さんと話すことなど皆無なのは同じだろうと思う、確かめたことはなかったが――「ここだけの話ですが、日本では認可されていない片頭痛を劇的に治す薬がアメリカでは認可済みで、自分はアメリカの友人の内科医から密かに送ってもらって手元にありますが、試してみますか?」と小麦粉でそれらしく作った形状のモノを手渡した。
 もちろん小麦粉に片頭痛を治す薬効はないものの、85%の患者さんが「痛みが緩和されました」とか「全く痛みを感じなくなりました」と言ってきたらしい。
 このケースではT大の教授執務室――入ったことはないのではっきりとは言えないが、旧国立大学という点では同じなので自分の部屋と同じような感じなのではないかと思う――に患者さんが呼ばれたとか聞いている。
 そういう場所は、研修医でも怖くて近寄れないと久米先生から聞いた覚えが有った。
 祐樹は研修医の頃も呼ぶと来てくれたが、それは例外らしかった。
 だから。

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