気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

108

「やはり、祐樹の好きなピンクの銀紙のは入っていないな……」
 金銭感覚が一桁くらい祐樹や自分とは異なる長岡先生らしくて――ただ、庶民出身の自分達の方が「この世界」では異端なのかも知れないが――最も大きな箱に入っているのに、祐樹の大好きな小粒が含まれていない。
「まあ、一番カカオ成分の含有率が高いので我慢します。
 貴方は好きなのをお皿に盛って下さい。いえ、別にそのまま召し上がっても良いのですが」
 祐樹は「カレ 72ダーク」を三枚迷いの一切ない指の動きで取っている。
 「カレ」とは正方形という意味のフランス語だったような気がする。
 ベルギーなのに、何故フランス語なのか?と一瞬思ったが細かいことだと思い直した。
 クリスタルのお皿にチョコを綺麗に盛りつけて、コーヒーと共にリビングへと運ぶ。
 すると、タバコを吸っていた祐樹が灰皿に未だ長いタバコを押し付けて消そうとしてくれていた。
「それはもしかして私のために消してくれようとしているのか?
 もしそうだったら、気にしなくて良い。祐樹がタバコを吸っているところを見るのは好きだし、それに、他の人間の前ではそんなに吸わないだろう?だから特別な感じがしてとても好きだ……」
 実際に、救急救命室が野戦病院さながらになった後にこっそりと抜け出して――もちろん祐樹がすべきことは全部終わった後に――タバコを吸って気分転換をしているのは知っていた。そういう場所をいくつか教えて貰っている自分だったが、救急救命室では同僚の柏木先生や久米先生も祐樹の隠れ場所を知らないらしい。
 まあ、あの二人が喫煙者ならば教えるような気もしたが。そういう親切心は祐樹も持ち合わせているので。
「そうですか?ただ、副流煙の問題も有りますからね……。遠慮した方が良いのかと思いまして……」
 コーヒーの香りとタバコの紫煙がリビングの空気を二人の寛ぎの空間に変えていくような気がした。
「いや、別にそれは気にしなくても良いと思う。副流煙が原因でガンになったケースはヘビースモーカーのご主人と四六時中一緒に居た奥さんが圧倒的に多いので。
 残念ながら、祐樹とはそんなに長い時間を一緒に過ごせないだろう。
 だから大丈夫だと思う」
 祐樹の隣に静かに座った。スラックスが密着するほどの距離に。
「貴方のお好きなのはこれですよね」
 祐樹が小皿に載ったチョコを指でつまんで唇へと近付けてくれた。
 その薫り高いチョコの香りと甘さが唇と鼻腔いっぱいに広がっていくようだった、幸せの象徴として。
 そして。

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