気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

107

 祐樹が何だか探るような眼差しでこちらを見ていることに気が付いた。
 疑うような感じではなくて何だか言葉を発することが出来ない意識不明の患者さんの出血がどこからなのかとかそういうのを確かめるような眼差しで。
 祐樹と恋人関係になってからは、祐樹が言葉にして何でも確かめようとする性格だと知っている。
 その言葉が出て来ないのかも知れないな……と心が引き千切られるように痛んだ。
 その気持ちを必死に微笑みで押し殺して、祐樹の目を見た後にコーヒーを淹れようと背を向けた。
 ただ、ため息を零しているのを悟られないように必死の努力をしながらも。
「良い香りですね。ああ、運びますよ。
 それと、長岡先生からの頂き物が有るので、それもお持ちしますね」
 彼女も有給を利用して東京の婚約者の所に行っていた。そのお土産なのだろうか。
 何でも医師会の会長でもある――ちなみに開業医しか入会出来ない――婚約者のお父様に井藤の行状を訴えて、彼が医師としてどこにも雇って貰えなくするのが目的だと聞いている。
 まあ、今警察に居る――そして裁判が始まって刑が確定するのはかなり先のことになるが――井藤に対して早すぎる措置のような気もしたが、普段は大人しいし、おっとりとしている長岡先生の激怒振りが分かってしまう行動力だったが。
「東京のお土産か?」
 何をしに行ったのかは、祐樹の口から聞いていない。というか、皆が井藤に関する件は口を噤んでいるのが実情で、長岡先生から直接聞いただけだった。
「そうでもなさそうですよ。東京の有名店ではなくて、こちらでも買えるゴディバの紙袋に入っていたので。
 ただ、彼女は私が食べられるチョコはゴディバしかないことを知っているので、そのせいでしょうが、ね」
 甘いモノが基本苦手な祐樹にもきっと精神的・身体的疲労に効くのは甘いモノだと判断したのだろう、彼女なりに。
「それは楽しみだな……。ゴディバのチョコはバレンタインディの時くらいしか食べられないし……」
 祐樹が差し出した紙袋からチョコの箱を取り出して開けてみた。
 すると。

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