気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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「コーヒーを飲みながらタバコを吸っても良いですか?」
 祐樹は食べ終わった食器を皿洗い機に手際よく並べながら聞いてきた。
 以前は許可を求めずに吸っていたのだが、病院側も「【重要】喫煙と副流煙の被害について」という書類が斎藤病院長直々に院内LANと紙媒体の両方で回ってきた。
 通常はどちらかでしか用いられないものなので、斎藤病院長が――といっても彼も喫煙者だが――厚労省の上層部からの意向でも受けたのだろう。
 そのせいか、祐樹も屋外の空気の循環があるところでは勝手に火を点けるが、室内の場合は聞いてくるようになった。
 しかし、事件前はタバコをマンションで吸う本数が激減していたのも事実だった。
 病院では、救急救命室が野戦病院さながらになった場合とか、搬送された患者さんの命がもうすぐ尽きてしまいそうなのを必死で繋ぎ止めたりするという「緊急事態」が無事に収束した時などには気分転換で吸いに行っていると聞いたことは有ったが。
 そして「事件」の前後は祐樹のタバコの量が格段に増えたことも知っていた。
 自分の前では吸わなかったが、祐樹の個室として使っている――このマンションはファミリー向けだ――子供の個室に使うと思しき部屋からは濃いタバコの香りが漂ってくることもあったし、服や髪にもついていた。
 個人的には祐樹の身体から漂うタバコの香りは好きだし、遺伝的要因でのリスクは少ないことも相俟って――といってもストレスも重大な要因を占めることは知っている――祐樹の喫煙については咎める積りもなかった。
 それに刷り込みなのかも知れないが、祐樹と初めて深い関係になった夜に――あの夜のことは一生涯忘れないだろう記念日だった。ただ、祐樹は記念日には興味が全くないみたいなので、特に祝うようなこともしなかったが――祐樹の唇とか髪から香るタバコの香りが「夢にまでみた祐樹との深い関係」になれるのかと思うと失望させたらどうしようという緊張と幸せな混乱で頭の中がカオス状態になってしまった時に嗅いだ香りで少しは落ち着いたという過去もあった。
 だから自分にとって祐樹の吸うタバコの香りはむしろ好きなのだが。しかし、祐樹のタバコの量が増えているのは間違いなく「事件」の前後からだった。
 容疑者――だろう、まだ裁判は続いているハズなので――が逮捕されたとはいえ、祐樹の心の中では「事件」が終わっていないのだろう。
 そのことがアリアリと分かってしまって心が締め付けられるように苦しかった。

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