気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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「黙っていても良いと思います。
 教授のそういう不器用さも含めて田中先生は愛してらっしゃいますよね。
 それに田中先生は下手に言葉を取り繕うと直ぐに見破ってしまうと思います。しかも教授『も』被害者なのですから、愛の行為に対して恐怖心がまだ有っても全然おかしくないです。
 黙っていても、気持ちは伝わりますよ、お二人の関係性から考えると。
 余計なことを言ってしまいそうな怖さが有るのでしたら、態度で示されればそれで充分かと思います。
 言葉で伝えるよりも態度や仕草の方が雄弁な場合もありますので。そして教授はそのタイプですよね。
 だから、全てを田中先生のリードに委ねて、そしてその――実際は失ってなどいないと思いますが――田中先生の主観では失ったことになっている――信頼が揺らいでいないことを態度で示されればそれで良いかと思います。
そして、田中先生の心の傷のことは私も気になりますので、気になるようなことが有り次第お話しに来て頂けると嬉しいです」
 呉先生と話をしていると、本当に心が軽くなる。トランポリンのように圧を皆で受け止めるということの有難味が良く分かった。
 今までは一人で解決するか、祐樹と恋人になってからは祐樹にしか色々なことを相談する相手というのはいなかった。
 祐樹のお母様も折に触れて電話で「祐樹の至らない点が有ったら私から言います」と仰って下さってはいたものの、自分の至らなさを痛感することは有ってもその逆はなくて「相談」する必要も全く感じていなかったので。
 それに、自分が受けた「被害」についてお母様に言う積りもなかった。心配させてしまうという点も大きかったがそれ以上に祐樹に対してお母様が何かを言うと逆効果にしかならないような気がしていたからだ。
「分かりました。聞いて下さって有難う御座います。随分と気が軽くなりました。
 祐樹の件を含めて『事件』のことを相談出来るのが呉先生で本当に良かったと思います」
 深く頭を下げると、スミレの花のような繊細な趣きの呉先生の表情が何だか焦っているような感じを受けた。
 もしかして、時間を取りすぎてしまったのかもしれないなと慌てて腰を上げた。
「いえ、急かしているのではなくて……。こんな私で良いのかなと思いまして。ほら、病院長は真殿教授をご推薦でしょうし……」
 確かに、斉藤病院長に直接会って話した時に――ちなみに秘書は同席させていないという例外中の例外だった――チラリとそんな話は出た。

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