気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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 祐樹は精神的にも肉体的にも強いことは知っているし、祐樹本人もそのことは自覚しているし誇ってもいた。
 それに、性的嗜好が少数派というハンディキャップ――だと捉える人は未だに数が多いと杉田弁護士から聞いた覚えがある、そして外聞を気にして配偶者を迎えるとかで取り繕う人も実際存在することも。ただ、杉田弁護士の場合は厳密な意味ではどちらでも大丈夫で、強いて言えば同性の方が好きという程度だそうで杉田看護師と結婚したのはその竹を割ったような性格とかそういう点に惹かれたと聞いている――歯牙に掛けていない感じだった。その点は自分も同じだったが。
 それに失敗体験も――祐樹はそう捉えているのがありありと分かってしまう――聞いた限りはないので、よりいっそう祐樹を追い詰めているような気がしてならない。
 「事件」の後は、家では滅多に吸わなくなっていた煙草の量も格段に増えていたし。
 失敗体験というか、挫折したことがない人間がそういう場面に直面すると意外に脆いことも知っていた。
 そして、祐樹にはっきりと聞いたわけではないものの、学生時代に柏木先生の精神医学のレポートを代理で書いた時に話していて、その余りの無知さに内心驚いた記憶があった。
 そして祐樹も同じ匂いがするので、余計に(あの時もっと勉強していれば)というような後悔の気持ちも抱いているような気がする。精神医学も学べないような他学部などの環境に居たならともかく、その気になればいくらでも学べたので余計にそういう気持ちになってしまうのだろう。
「……いえ、その通りだと思います。
 ……タバコの量も増えていますし、私には極力何もなかったかのように接してくれていますが、逆にそれが辛いのです」
 呉先生の細い眉根が思いっきり寄せられた。
「タバコの量ですか。それは心配ですね。心もですが、健康被害の観点からしても。
 田中先生は、教授の心の傷を心配していて、ご自分のことは二の次に考えているような感じですよね。
 精神科なのであくまでも喩えなのですが『痛い』とか『苦しい』と言わない人の方が医者は苦労しますよね……。小児科の准教授にそうお聞きした覚えが有ります、学生時代」
 小児科は相手が言葉も覚束ない乳幼児相手の仕事なので、お母様を始めとする家族へのヒアリングと触診などで確かめるしかないのは自分も知っていた。そして祐樹が自分のことを心配する余り、己のことが二の次になってしまっているのも同感だった。
 ただ。

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