気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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「そうですね。私が呉先生の立場でもそうアドバイスすると思います……」
 祐樹の様子がおかしいことや、クセになっている、医局のドアをスライドする前に窓からそっと覗いた時には柏木先生を囲んだ皆が怒りの表情を浮かべていたり、病院LANが繋がっているPCにそれぞれが真剣な表情で画面を見入っていたり、何かをプリントアウトしていたのに、自分がスライドしたと分かると、柏木先生の輪は和やかに談笑したり、患者さんの気になる点を報告し始めたりしていた。
 それに、プリントアウトした紙の束は一番上に色つきコピー用紙が置かれて、ファイルへと収められていた。
 今思うと、それらが全部、自分には知らさないようにという祐樹の心遣いだったのだろう。
 あの事件の後、院内LANに呉先生が作成した「専門医から見た井藤研修医の扱い方」のようなマニュアルめいたものが共有されていたことを知らされた。
 プリントアウトした紙の束は――自分の視力が良いことも記憶力が優れていることも祐樹が皆に教えたに違いないので――その対井藤元研修医に対する対処法マニュアルだった可能性が高い。
 そういう「人事を尽くして天命を待つ」状態だったし、自分的にはその天命も「良くはないが、そう悪くもない」程度だったが、祐樹は完璧に守れなかったこととか、事件に直後に薬に浮かされたとはいえ口走ってしまった言葉で祐樹の精神の奥底を傷付けてしまった。
 それに、自分は何時ものように「第二の愛の巣でのデートを楽しむ!!」と最高に嬉しかった思い出だったが、祐樹がそこまで重い荷物を心で抱えていたのは知らなかった。
 様子がおかしいとか、何か無理に笑っているとか快活そうに振る舞っているなとは感じ取っていたが。
 そして「二人の愛の巣」にも――ホテルの了解とかはなくて祐樹と自分で決めているだけだが――元研修医がストーキングして来ていたことは知らなかった。
「それでリッツでのデートはどのように見られていたのかご存知ですか?」
 森技官も専攻は精神科だが、臨床経験がないので絶対に呉先生に一部始終を話してアドバイスを仰ぐハズで、絶対に知っていると踏んで聞いてみた。
「クラブラウンジでしたっけ、一般のゲストとは違った場所でチェックイン・アウトも出来るとか、その階には鍵を入れないとエレベーターが停まらない場所なのですよね。
 そして、朝食や昼食などもブッフェ形式で食べられるらしいですね」
 呉先生は確かめるような感じで話している。
「そうです。飲み物も――アルコールも含めて飲み放題、といっても物凄く高価なお酒は別料金になってしまいましたが……。食べ物は全て食べ放題です。
 限られたゲストしか入って来ないので――たまたま迷い込む人間は絶対に居ないです――利用しているという側面もあります」
 すると。

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