気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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「そんなことが有ったのですか?それに良くそんな情報が取れましたね、森技官は……。流石です」
 映画にもなった刑事ドラマの再放送を流しながら家事をしていた時に印象に残ったセリフが「正しいことがしたければ上に行け」つまり、現場の警官ではなくて管理職になるように先輩の刑事さんが主人公に言う場面が有ったが、森技官の言動をつぶさに聞くと説得力が有り過ぎる。そんなことを考えてしまうのは現実逃避に他ならない。
 元研修医のことは――だいぶ気持ちの切り替えは出来たとは思うものの、完治とまではいかない――生々しさが残っていたので。
 そして自分も管理職なので、祐樹が相談された内容の中で「貴方の方が適任かと思うので宜しくお願い致します」と頼まれたことは二回有る。
 両方とも教授とか准教授が関係するパワー・ハラスメントとセクシャル・ハラスメントだった。
 祐樹もAiセンター長という、ポジション的には准教授並みという肩書を持ってはいるがあくまでも「並み」なので、准教授には強く言えないという内部事情があった。
 ハラスメント全体について、個人的には勿論のこと、世間的にも目が厳しくなっている昨今なので、病院の内部の自浄作用で何とかしなければ当事者が社会に告発という最悪な事態になってしまう可能性もある。当然教授会の議題に上げたり、斉藤病院長に報告と相談をしたりして当事者には勧告などの処分が下された。
 教授会の議題は当然ながら教授職しか――医局全体の不満を吸い上げることは当然するが、その中でその教授が(取り上げて欲しくない)と思ってしまえば闇に葬られる運命にあると言うことだったし、上司である教授に拒否されたと内科の内田教授に直訴に及ぶ医師や看護師も居ると聞いている――決められないし、そういう意味でも「正しいコトをしたければ上に行け」というのは的を射ているな、としみじみ思った。
 ただ、第二の愛の巣とも言うべき大阪のホテルにまで井藤元研修医の手が伸びていたのかと内心唖然としたし、祐樹は森技官に聞いていたにも関わらず自分の胸にだけに収めていたとは。
「元研修医がやらかした事件については――いえ、予兆の時期からですが――香川教授の耳に入らないようにとアドバイスしたのは私です。
 教授が狂気の粘着質の人間の毒に当てられてしまうのは精神科の医師としてもお勧め出来ませんでしたし、下手に動揺なされれば相手の思う壺ですし……」
 呉先生の言うことは分かる気がした。
 しかし、その分の精神的な重荷を引き受けてくれたのが、他ならぬ祐樹で、そしてそのことも有って今のような精神の傷を負っているのだと心の底から悔悟したいと痛切に思った。
 そして。

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