気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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「そうなのです。
 まあ、同居人は事務次官になってそういう隠蔽体質や対応が後手後手に回るのを阻止しようというのが野望だそうですので……。まあ、性格がアレなものですから、三つ子の魂百までといった感じに隠蔽がクセになっていなければ良いのですが……」
 「いい意味でも悪い意味でも隠蔽とでっち上げが特技な森技官」と祐樹が言っていたがまさにその通りだと思う。
 ただ、それは個人の性格なので――そして森技官も充分自覚しているフシがある――本人が気を付けて改善すれば大丈夫なような気がする。
 それに「事件」の時に元研修医が警察に身柄を確保するよりも先に厚労省の薬物中毒患者用の施設か何かに――自分は詳しいことは聞いていない――先に入れられて森技官やその部下の厚労省繋がりの人間が取り調べに当たったせいで、警察に捜査本部が立ち上げられるという運びになっていた。
 ドラマでも観たことはあるが、警察署に捜査本部が立つと決まればその警察署が1千万円ほどの予算が吹っ飛ぶらしい。犯人が逃走中とかならば仕方ないが元研修医の場合はそうでないことを島田警視は知っていたので、いわば警察のメンツを立てるためだけに行われそうになったのを森技官が多忙を縫って止めに来たのも事実だった。「国民の税金を無駄遣いする必要はない」とかで。
 だから意外と良い事務次官になれるのかもしれない。それに弱みを握るという「政治手腕」も持ち合わせている。そもそも政治手腕と心酔する部下や周りの人間がいないと事務次官にはなれないと何かで読んだ。腹心の部下である藤宮技官は物凄く有能な女性だが、森技官の命令しか聞かないという筋金入りだったし。
「森技官は事務次官として厚労省を良い方向に変えてくれる稀有な人材だと個人的に思いますよ……」
 決して呉先生の恋人に対するお世辞めいたモノではなくて心の底からの言葉だった。呉先生はまだ毒を持ったスズランの花のような笑みを浮かべている。
「ほら、サリドマイドも腫瘍に効くことが分かって、復権しましたよね。妊娠中の女性には当然使えませんが、男性とか女性でも妊娠していない人には特効薬になっています。
 強い薬だからこそ、使い方によっては患者さんの幸せに繋がります。
 森技官もそういう人だと思っているのですが……」
 毒が滴っている感じのスズランの花の笑みで呉先生が曖昧に頷いた。精神科医としてまだ厚労省には含むところがあるらしい。
「サリドマイドはそうなのですが、使ってはならない薬剤が大量に指示されましてね。
 精神科の医師は様々な薬を患者さんの容態に合わせて処方するのが腕の見せ所なのです。それなのにさしたる理由もなくダメだと頭ごなしに言われて代替の薬を――教授もご存じでしょうけれどお薬には様々な成分が入っていますので――必死に考えたり、その薬剤しか効かなかった患者さんは容態が悪化して、自宅療養で済んでいた人が緊急入院とかに切り替わったケースも数人居ます。しかもそのお薬がないとますます症状が悪化してしまっていて、どうして良いのか分からないといった有様でして。統合失調症が寛解していた多くの患者さんが、ある薬剤が禁止されたためにそういうことが起こりました。もうむちゃくちゃでして……。
 そういう点も踏まえて精神科では『厚労省をぶっ壊す』とか息巻いている医師も少なくないです」
 なるほどな、と思った。

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