気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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「決して露見してはならない仲ですよね……。世間でもそうでしょうが、この病院ではよりいっそうのこと……。
 それに当時は裕樹も研修医でしたし……」
 呉先生は良く分かるというふうに大きく頷いた。
 森技官の場合は省の歴史で初めての「独身の事務次官」を目指すと広言しているらしいが、彼の場合は現在の事務次官どころか厚労大臣の弱みすら握っているということもある上に省内でも畏敬の念を――蛇蝎のごとく嫌っている人間は居るらしいが、そういう一部の声は粉砕する実力も持っていた、一目惚れした呉先生の前に現れる前に。
 それに引き替え、祐樹は医学部の学生が「ウチの病院に就職するのだったら研修医の間は医師どころか人間扱いされないと覚悟しておいた方が良い」と真顔で囁き交わすほどの立場だった。
 自分は裕樹に「振られる」前提でせめてもう一度だけ会いたいという熱望で帰って来ただけだったし、日本の大学病院の処世術などはアメリカなどとは全く異なるのでサッパリ分からないという情けなさだった、今以上に。ちなみに現在でも祐樹に相談しなければ分からないという体たらくだったが。
「研修医という旧弊な身分制度の壁は、いかに『あの』田中先生でも突破出来ないほど強固だったと思います。
 それに、同性同士でホテルに入るのも……なかなか勇気が要りますよね」
 呉先生は京都市内の高級ホテルで森技官と過ごしたのが初めてだったハズで――具体的なホテル名は聞いていない――その時の記憶なのだろう。
「はい。ですから祐樹も京都ではなくて大阪を選んだのだと思います。
 そしてJR大阪駅から三番目くらいに近いのも、翌朝京都に帰る便利の良さを考えてくれました。
 『そういう行為をして良いのか?』と散々聞かれましたが、私は生涯に一度だけでも良いので祐樹と『そういう行為』をしてみたかったので。
 その初めてのホテルが思いの外気に入った上に、上層階には専用のラウンジでチェックイン・アウトが出来ますし、そのラウンジにはその階の宿泊客しか出入り出来ないようになっていますので、ある程度は人目をシャットアウト出来るので……。
 それにスタッフの対応とか調度なども物凄く豪華かつ親しみやすい感じで気に入っています」
 一息ついて、冷めかけたコーヒーで――それでも充分美味しかったが――少し乾いた喉を潤した。
 呉先生は、何か考えるような感じで遠い目をしていた。
 ただ、呉先生と二人で居る時は――まあ、祐樹との時もそうだが、マンションでお家デートをする時などは殆んどの時間が身体のどこかが触れ合っているので、殊更言葉は必要ないという側面もある――他の人なら居心地が悪くなる沈黙も気にならない。
 すると。

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