気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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 精神科の基本なのかどうかは不明だったが――そもそも自分には精神科の臨床経験は当然ながら無い――「ちらっと聞いた」と曖昧にぼかしてくれた呉先生の繊細な心遣いに感謝してしまう。
 事件の後で祐樹や柏木先生から聞いた、院内LANを使っての井藤元研修医対策まで――病院内の有志で色々な情報を共有していたらしいが、当然ながら外科医が中心になるので精神科のアプローチ法とか注意すべき点などを纏めてくれたのは他ならぬ呉先生だ――積極的に関わっている上に森技官とも当然あの件について綿密な話し合いをしただろう。
 恋人なので、病院関係者には漏らしたらマズい警察などの情報も当然教えて貰っていただろうし、そういう点では呉先生が最も情報通かも知れない。まあ、その情報は森技官と当然ながら共有はしていただろうが。
「ああ、大阪のホテルですか……。
 あのホテルは初めて『そういう関係』になった記念すべきホテルですし、内装がヨーロピアン風な木の重厚さとか極上のホスピタリティを誇っているのでちょくちょく参ります。
 京都にも有りますが、雰囲気が少し異なる上に知人に遭遇する可能性が有るので、専ら大阪です」
 あんなふうに祐樹と「一夜限り」の夜を過ごすだけの積もりが――それだけでも充分過ぎるほどの僥倖だと思っていた――その「夜」がずっと続いている。
 祐樹との関係が継続するとはあの当時は思ってもいなかったが、予想以上に愛されていることも花束のように貴重で宝石のように煌めく時間だ。
 そして、この「試練」を――あくまでも比喩だが――二人して手を絡ませ合って乗り越えて行けると信じている。そしてその暁には「あんな時も有った」と二人して笑い合えるようになりたい。
 そのためには自分が「その行為」にフラッシュバックを起こさないようにするのが第一歩だろう。
「二人の愛の歴史が刻まれているホテルなのですね。とても素敵です。
 そういう自宅以外のところでデートをなさってはいかがですか?
 きっと気分も変わりますし……。
 それに、私は伝聞でしかありませんが『あの現場』は同居人が呆れるほど――ああ見えても美的感覚はマトモだと本人は言い張っています、恋人に私を選んだ時点で怪しいとは思いますが、まあそれは置いておいて――悪趣味だったらしいので、ホテルの部屋の方が良いのではないでしょうか?
 教授の自宅マンション趣味の良い感じで纏められていますが、直後に過ごしたという点がネックになりそうです。
 だったら」

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