気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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 呉先生はスミレ色のため息を零した唇を動かした。
「今までご説明したように『自分は強い』と自覚している人が一番厄介なのも確かですし、それに今回のケースは守りきれなかったという恋人としての負い目から来ているので、そのう……『夜』のことにも……『自信喪失』という男性としては不名誉だと思ってしまう状態にもなり得ますよね……。
 それに教授ご自身ではどうしようもないフラッシュバックの可能性も……。
 いわば二人とも心の傷を抱えている最中なのですから、様子を見ながら時間の経過を待つしかないですね……。
 教授ご自身が大丈夫と思える夜が来て――いえ、別に昼間でも構いませんが……、それとなく誘ってみるのが良いかと思います。
 ただ、その時点で最も配慮すべきは田中先生の表情ですね。
 自信がなさそうな感じ――あまり想像出来ませんが……。ウチの同居人もそうですけれど、そういう気持ちを気取られることを屈辱だと思うタイプでしょう。
 そういう気弱な感触を教授ならお分かりになるかと思いますが……」
 祐樹のことは世界中の誰よりも自分が見ているという自負は有った。ただ、気弱というのは裕樹の辞書にはなさそうだったので本当に分かるかどうかはまだ分からない。
 しかし、見たことのない表情かつ弱気な感じなら何となく分かるような気もする。
「そうですね。分かるような気もします。あまり自信はありませんが……。
 ただ、何時になるかは全く未定なのが歯がゆいですが、何とか今の状況を打破して……そして『あんなことも有った』と笑い合えるようになりたいです」
 それだけが今の渇望だった。そのためならどんな努力も、そして忍耐も出来るだろう。
 呉先生は陽だまりの中に咲くスミレの花に似た笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ。正しくは精神疾患と診断が出るほどのモノとも思えません。
 ただ、教授が『そういう行為』の時に、どうしても拒絶反応というかフラッシュバックが起こるようでしたらPTSDと――心的外傷後ストレス障害――診断しなければならないですが……」
 自分だって医師の端くれなので呉先生の苦渋は分かる。
「そうですね。なるべくその診断が出ないように心掛けます」
 すると。

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