気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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 彼自身が必要と判断したことについては、躊躇わずに税金を投入しそうな気がする。いや、税金だけでなくてその他自分の持っている全ての人脈をフル活用して「超法規的措置」のような荒業を仕出かしそうな気がする。
 ただ、現状を踏まえると「守るべき市民」が間違いなく自分だろうということも。
 祐樹の心の傷を癒すのは――何だか森技官だと「傷口に塩を塗り込む」というコトワザ通りの「原始的な」治療法しかしてくれなさそうだ。
 そんな方法では祐樹の硬いバリケードで覆われた精神的な負傷にまで辿り着けないだろうと思ってしまう。
 それなば、やはり竹のようにしなやかで、タンポポの綿毛のようなアプローチをする呉先生にアドバイスを仰いだ方が良いだろうとも。
「ほほう、そういう見解も確かに有りますね。
 教授の公共サービスの有り方についての御高説はまた時と場所を改めてじっくりと伺いたいと思います」
 目の前に座っている内田教授は、心の底から感動した感じだったが、自分はそんなたいそうなことを言ったという自覚は全くない。
「こんな話しで良ければいくらでも……」
 内田教授は首を縦に思いっきり振ってくれた。普段は――聞かれない限り自分の意見をいうという習慣すらなかったので――裕樹以外の人間とはそれほど深い話しをしたこともない。
 そんな需要が有るとも思っていなかったので内心は驚いたが。
 ただ、祐樹にも「そんなに知識が有るのだから、言わないと勿体ないですよ」的なことは言われているので、それもそうかとも思ってしまう。
「そろそろ、お時間ですよね。 
 病院を挙げて、至宝の煌めきを祈っています」
 万感の籠ったような声が教授執務室の中に厳かに響き渡った。
 自分の指は全く震えてもいないし、その上内田教授と事件の話をしなかったのが良い気分転換になった。
 あんなに心身ともにすり減らしてくれた――そのことには深い感動と惜しみない感謝を覚えている――祐樹には悪いけれども、事件の重さを引き摺っている面が確かに有って、それが祐樹の凛とした眉を曇らせる要因になっているのだから、先ずは自分の気持ちを手技という行動で示して愁眉を開かせるのが一番だ。
 祐樹が世界中で最も大切な人間であることは厳然とした事実だ。
 自分にとって太陽のような裕樹が、今は陰っていたとしても時間の経過と共にゆっくりと癒せば良いと思ってしまう。
 普段は強気で強靭さを誇る裕樹だが、今回は初めての「挫折」なのかも知れない。
 少なくとも裕樹から聞いた過去の話ではそうだろうな……と思ってしまう。
 祐樹が自分を救ってくれたように、今度は自分が裕樹の心の傷を癒すべきだと思いつつ、内田教授を見送った。
 手術室のエレベーターを普段通りの時間に下りた。幸いなことに手は全く震えていない。
 祐樹も医局で、少しでも癒されていてくれれば良いなと思いながら。
 ただ、内田教授が居た病院長室もある意味戦場だったが、医局だってそうなのでその点はとても気になった。
 絶対に事件のことを聞かれていると思うので。
 呉先生には早いうちに相談しに行こうと思いつつ、何だか普段よりもしめやかさを増した廊下を歩んだ。
 すると。

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