気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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 斉藤病院長は、自分と最も親しい――そもそも旧態依然とした大学病院に自分のような、当学部卒とはいえ、病院に入ることもなく海外に行くような人間が招聘されるのも時代の新しい流れだった。その一見華々しい凱旋帰国に触発されて内田教授が見事な手段で医局内クーデターを果たそうと決意した時に背中を押したのは紛れもなく自分だった――内田教授を寄越すことで「療養中」のさして必要ではない電話の件などを詫びると共に、今の状態を確かめたいと目論んでいるのだろう。本来ならば――元外科医に相応しいせっかちさを持っている人なだけに――自らの目で確かめたいという思いが有ったと考えられるが、流石にそれは自重してくれたらしい。
 もっとも、精神科の真殿教授が叱り飛ばしてくれたのかも知れないが。
 呉先生ともケンカをしたという――個人的には呉先生の方が時代に即した精神科医の有り方を体現していると考えてはいるものの、大学病院の精神科には重篤な患者さんとか、珍しい症例の方しか来ないので、明治時代の「家長」と呼ばれる父親の一言で子供の将来が決まる感じだと例えられているパターナリズムを振りかざしている人でも務まるような感じだった。呉先生とは犬猿の仲らしいが、この件に関しては二人の見解の相違はない。
 だから、内田教授は真殿教授の意を受けて来たのかも知れないし、断固としたパターナリズムを発揮した真殿教授が、病院長を言い負かしたのかも知れない。
 何しろ外科医は一般的に精神の病についてほぼ無知という人の方が圧倒的に多い、高度に細分化した大学病院では特に。
 だた、どのような思惑が裏で有ったにせよ、目の前に座った内田教授が――充血した眼とか乱れた頭髪などの印象から二日間休んでいないのは明白だった――自分を心配してくれていることだけは確かだった。
「私は代診を立てましたので……とにかくこの『戒厳令』とも言える事態を乗り切ることだけを考えています。
 そういうのは得意になりました。
 教授が『あの時』背中を押して下さったお蔭です。
 そして、教授は教授らしく、病院の至宝でいらっしゃることを陰ながら応援しています。
 それが病院の総意でしょう。個人的な願望も混入しては居ますが」
 革命家というよりも、何だか偉大な宗教家のような感じを受けた。
「いえ、確かに私は病院の稼ぎ頭かもしれませんが、今回の件で皆様に助けられていることを実感しました。
 組織に属するということは、確かに色々とややこしいことも有りますが、しかしこういう『事件』が起こった場合、医局の内外からの助けを得ることが出来て、それだけでかなり心の――このような喩えが適切かどうか自信もないのですが――トランポリンのように、圧が分散していっている感じです」
 直接の被害者と思われている――まあ、実際はその通りだが――自分にはケアが充分に施されている。
 しかし。

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