気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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「さきほど、教授の医局に病院長の代理として陣中見舞いに参りました。
 『外科医としては紳士的な先生が多い』との評判が高い香川教授の医局ですが、やはり、血の気の多い人もいらっしゃって……。
 そちらの研修医……ええと、久米先生でしたか?」
 久米先生がどうしたのだろう?確か事件が勃発した金曜の夜、彼は救急救命室勤務だったと記憶しているが、それ以降は自分のことと、そして他ならぬ裕樹のことで医局のことは黒木准教授に委ねたまま――実際、黒木准教授の病院内のキャリアとか人格を信頼し切っているし、彼に任せておけば大丈夫だという認識だったので――放置していた、事実上。
 それに黒木准教授の手に余るようなことが起これば、祐樹経由で連絡が必ず入るハズだった。
 祐樹と自分の真実の関係は知らせていないが――そこまで曝け出して言う必要も職務的にはないと判断していた――「たまたま」第一報を聞いて駆け付けたのが裕樹だということは、それこそ久米先生からでも聞いているだろうし、ワザとオープンにしている、日頃の「親しさ」のせいでそのまま外科医として付き添っていたという件もごくごく自然だろう。メスの傷などは――眠くならない痛み止めを服用したせいで治まってはいる――祐樹が警察に提出した診断書の写メだかコピーは病院長室経由で黒木准教授の元にも行っているだろうし。今日の手術が無事に乗り切れるかどうかは黒木准教授の判断に掛かっている。
 その事前の資料としても必要だと――頭に血が上っていた斉藤病院長はともかく――病院長室に集められた人から黒木准教授に渡っているハズだ。
 それに精神科医の呉先生も「盛りに盛った」診断書を書いてくれたらしいが、自分と親しくしている精神科医として――と言っても今は不定愁訴外来というブランチ長だが――付きっきりで事件後の心のケアをしてくれていたので、外科的・精神科的の二つのアプローチが必要だった自分には呉先生の存在が裕樹との真の関係を糊塗する良い目くらましになっていたことも事実だった。
「そう、久米先生でしたか……。彼も香川外科に相応しい優秀な外科医だと長岡先生が言っていましたが、救急救命室での第一報を聞いて、田中先生、いや実際は『あの』杉田師長の機転だったそうですが救急車で京都駅に乗り付けるというある意味独創性に富んだアイデアの後に、何もない所で派手に転倒して顔面を強打して出血したまま医局に行ったらしいです」
 イマイチ意味が分からないのは、自分の聞き方が悪いのだろうか?救急車のくだりは祐樹から聞いて知っていた。
 しかし。

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