気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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 自分の心因性ショックは、劇的な症状では有ったものの直ぐに治まる――場合によっては長引くことも充分考えられたが――類いのモノだろうなとも思っていた。それに呉先生の精神科医としての優秀さと投薬の腕にも深い信頼を寄せていたし、精神科医との付き合い方は――いや、精神科医だけでなくて、心臓外科でも執刀医に信頼感の度数が高ければ高いほど手術も上手くいくというレポートも存在している――どれだけその先生を信じているかで決まる。
 それに祐樹の――本当ならば精神の深い場所に負った傷を癒すことを考えても良いハズなのにそれを敢えてせずに――自分の手をずっと握ってくれている繋いだ指から祐樹の生気に満ちたオーラを分けて貰っていた。
 それだけで、自分としては充分過ぎるほどに幸せだ。
 それに、明日は手術室には入って来ない黒木准教授が――手技以外の教授業務をほぼほぼ彼に振っているということもあって――手術ストップを判断すれば、裕樹が執刀することになっている。東京の岩松氏の病院で執刀医の経験をこっそりと積んでいるとはいえ、大学病院の執刀医というのは祐樹の外科医として恵まれた才能が有るとはいえそちらも重圧になっているに違いないのに、そんなことはおくびにも出さないのも祐樹の優しさだろう。
 祐樹の愛情の繭にくるまった蚕のように、純白に輝くシルクの夢を見ているような二日間だった。
 だからきっと明日は上手くいく。
 祐樹と再会してから、自分には不幸の陰が完全に払拭されたという実績もあるし。
 大学生だった頃にキャンパスで祐樹を見かけた時に自分が直感した思いは「絶対確実」だという確信も有った。
 祐樹と居れば、それだけでどんな困難でも乗り越えることが出来るという祈りにも似た確信だったが、多分それは思い込みではないだろう。
 明日も祐樹と時間と場所が許せる限りは手を繋いでおこうと思った。
 「あんな日が有った」と二人で、何時の日にか笑い合える日が来ることを期待して。
 その時には裕樹が唯一好むゴディバのシェリエを――今は企業側の都合で店頭には並んでいないものの、知り合いを辿っていって特別に作って貰えるようにお願いしていた――お酒のつまみにしてシャンパンで乾杯したいな……と思ってしまう。
 そんなことを思いながら眠りについた。昨日よりは何だかシェリエの包み紙のように紅色に煌めいた眠りの国に落ちていくようだった。
 そして。 

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