気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

55

 自分の身に置き換えてみて、祐樹がいくら親しいといえ第三者に「寝室事情」を暴露した場合は、それがやむを得ない事情が有ったとしても合理的に割り切ることは出来ない。
 祐樹の考えとか言うことは全面的に正しいと――つまりは世間知を始めとして何事にも疎い自分の考えよりも祐樹の冴えた判断の方が勝っているのは知っている――ずっと思い続けてきた自分ですらそう思ってしまうのだから、森技官とはケンカしつつも仲の良い関係を続けている――つまりは対等の立場で言い合えるということだ――呉先生なら余計にそう思うのではないかと考えると気の毒過ぎて視線を巡らすことは出来なかった。
 風よりも速い感じで森技官が帰った後も、呉先生は「寝室には絶対に入れるもんか!」と呪文のように唱えていた。
「ま、『家に入れない!』と言わない辺りが、呉先生も分かっていらっしゃるからですよね……」
 流石の祐樹も掛ける言葉が考え付かないようで、呉先生がお手洗いに立った隙にポソリと言った。
「――裕樹、私はどのような話題で話せば良いのだろう?」
 そんな微細な感情の機微を穿ったような難しい話しが自分に出来るわけもなくて途方に暮れてしまう。
「――触れない方が宜しいかと思います。
 下手に慰めると逆効果になりますよ、多分」
 祐樹も考えあぐねたような心許ない口調で言っている。祐樹ですら分からないのだから、自分には分かるわけがない。そもそも感情の起伏にも乏しい上に対人関係にも全くといっていいほど興味がなかったので、そんな高度なことはサッパリ分からない。
「何だか、思わぬ所から被弾したというか、とにかくお気の毒です……」
 言うまでもなく祐樹がこの事件で最も力になってくれたことは確かだったが、森技官と呉先生の強力な助太刀とか、医局が一丸となって――裕樹からしか情報が入っていないのも黒木准教授の穏やかな思いやりだろう――月曜日、つまり明日の手技に対して万全のフォローをしてくれていることとか、そして正直なところ役には立ってないが、斉藤病院長まで動いてくれたことも自分にとっては有り難いことだった。
 祐樹さえ居てくれれば世界などどうでも良いとの想いは全く変わっていなかったが、そういう極端な二者択一よりももっと緩やかな目で周囲の人間に接して行きたいと思った。
 この土日は、呉先生の的確過ぎる――どこまで計算なのかイマイチ分からない点も有ったが、そういうことは聞かない方が良いだろう、特に今は――診立てと言動でかなり立ち直れたような気がする。
 指の震えも今のところ治まっていることだし。
 明日はどうなるか分からないが、仄かな夜明けの気配が精神の中に芽生えたような気がする。
 ただ、病院長の電話を受けた時には震えが再発したのが唯一の不安材料だった。
 しかし。

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