気分は下剋上 chocolate&cigarette
48
「麻酔薬を注射します。チクッとしますので」
血が生理的にダメな呉先生だが、痛みはどうなのだろうか?
「はい。大丈夫です」
呉先生は身体を強張らせていたが――まあ、注射の直前でリラックスしている人間の方が圧倒的に少ない――声は普段通りなので大丈夫だろう。
「祐樹……。……使用した脱脂綿を片づけて欲しい」
「血が付いた」の言い換えの言葉を探すという――普段の業務ではそんな面倒な手間は掛けない。いや、そもそも患者さんは全身麻酔で意識がないので必要ない――自分にとっては手を動かすよりも大仕事をこなした。
祐樹も心得たように頷いて、赤い血が滴っている――消毒薬も混じっているので余計に多量に見える――脱脂綿などを呉先生の目に触れない場所まで運んでいく。
「今、何か感じますか?」
麻酔が効いているかを確かめるために、患部の近くをピンセットで押さえた。
「いえ、何にも……」
呉先生が絶対に患部を見ない確信があったので――というか血が苦手ではない人でも自分の怪我の処置をして貰っている最中をマジマジと見る人はごくごく少数だ――次はピンセットで皮膚を強めに摘まんだ。
「これは如何ですか?何か感じます?」
麻酔が効いていなかったら身体がピクンを動く程度の痛みだろう。その気配が全くないので大丈夫だろうと思いつつも言葉で確かめた。
「いえ、特に何も……」
想定内の返事だったので縫合に取りかかろうとした。
患部は足なので、一般的な外科医のマニュアルというか指針では縫合は顔などに比べると1針の間隔は大きめでも良いことになっている。
ただ、麻酔薬が効いているので何針縫っても呉先生に痛みはないし、こんなに綺麗な皮膚に傷跡が残らないようにしたい。
「では、縫合にかかりますね」
医療道具に――といっても普段自分が使うような精密さはない――向き合っていると、よりいっそう心が落ち着く。
それに指も全く震えていなかったし。
縫合術を続けながら、普段通りの正確さで指が動くのが心の底から嬉しかった。
「終わりました。後は、事後処置になります」
確かめるように祐樹を見上げた。呉先生は簡易ベッドの上で横たわっているし、自分は患部の集中しようと床に膝をついていたので。
祐樹の眼差しには安堵と称賛の輝きが混ざっていた。
「念のために抗生剤を貰って来ます。呉先生の専門のお薬のように詳しくカルテに記した処方薬の数と残った薬を照らし合わせるチェック制度はないので、ここの奥様の許可が有れば大丈夫でしょうから。ここが昔ながらの医院で良かったですね。処方箋薬局と提携しているクリニックだったら、余計な手間がかかりましたので」
真っ白な包帯を痛みがない程度ではあるものの、キチンと結んで医療用のハサミで布を切って紐状にしてから結び目を作る。
自分でも会心の出来たと思っていたが、恐る恐る患部を見た呉先生が顔を輝かせていた。
「こんなに綺麗な包帯の結び目を見たのは初めてです。
流石は香川教授ですね。縫合も丁寧になさって下さって本当に有難うございます」
呉先生がこんなふうにスミレ色に輝く笑みを浮かべているのは、包帯とか処置だけのことではなくて、自分の指が以前と同じように動いたことを察したからだろう、祐樹や自分の表情を見て。
「いえ、私も正直……こんなに上手くいく自信は全く有りませんでしたが……。自分が思っていた以上に手が動いてくれました」
一仕事終わった安堵感とは別に色々な感情が溢れてきて、危うく涙が出そうな感じだった。
そして。
血が生理的にダメな呉先生だが、痛みはどうなのだろうか?
「はい。大丈夫です」
呉先生は身体を強張らせていたが――まあ、注射の直前でリラックスしている人間の方が圧倒的に少ない――声は普段通りなので大丈夫だろう。
「祐樹……。……使用した脱脂綿を片づけて欲しい」
「血が付いた」の言い換えの言葉を探すという――普段の業務ではそんな面倒な手間は掛けない。いや、そもそも患者さんは全身麻酔で意識がないので必要ない――自分にとっては手を動かすよりも大仕事をこなした。
祐樹も心得たように頷いて、赤い血が滴っている――消毒薬も混じっているので余計に多量に見える――脱脂綿などを呉先生の目に触れない場所まで運んでいく。
「今、何か感じますか?」
麻酔が効いているかを確かめるために、患部の近くをピンセットで押さえた。
「いえ、何にも……」
呉先生が絶対に患部を見ない確信があったので――というか血が苦手ではない人でも自分の怪我の処置をして貰っている最中をマジマジと見る人はごくごく少数だ――次はピンセットで皮膚を強めに摘まんだ。
「これは如何ですか?何か感じます?」
麻酔が効いていなかったら身体がピクンを動く程度の痛みだろう。その気配が全くないので大丈夫だろうと思いつつも言葉で確かめた。
「いえ、特に何も……」
想定内の返事だったので縫合に取りかかろうとした。
患部は足なので、一般的な外科医のマニュアルというか指針では縫合は顔などに比べると1針の間隔は大きめでも良いことになっている。
ただ、麻酔薬が効いているので何針縫っても呉先生に痛みはないし、こんなに綺麗な皮膚に傷跡が残らないようにしたい。
「では、縫合にかかりますね」
医療道具に――といっても普段自分が使うような精密さはない――向き合っていると、よりいっそう心が落ち着く。
それに指も全く震えていなかったし。
縫合術を続けながら、普段通りの正確さで指が動くのが心の底から嬉しかった。
「終わりました。後は、事後処置になります」
確かめるように祐樹を見上げた。呉先生は簡易ベッドの上で横たわっているし、自分は患部の集中しようと床に膝をついていたので。
祐樹の眼差しには安堵と称賛の輝きが混ざっていた。
「念のために抗生剤を貰って来ます。呉先生の専門のお薬のように詳しくカルテに記した処方薬の数と残った薬を照らし合わせるチェック制度はないので、ここの奥様の許可が有れば大丈夫でしょうから。ここが昔ながらの医院で良かったですね。処方箋薬局と提携しているクリニックだったら、余計な手間がかかりましたので」
真っ白な包帯を痛みがない程度ではあるものの、キチンと結んで医療用のハサミで布を切って紐状にしてから結び目を作る。
自分でも会心の出来たと思っていたが、恐る恐る患部を見た呉先生が顔を輝かせていた。
「こんなに綺麗な包帯の結び目を見たのは初めてです。
流石は香川教授ですね。縫合も丁寧になさって下さって本当に有難うございます」
呉先生がこんなふうにスミレ色に輝く笑みを浮かべているのは、包帯とか処置だけのことではなくて、自分の指が以前と同じように動いたことを察したからだろう、祐樹や自分の表情を見て。
「いえ、私も正直……こんなに上手くいく自信は全く有りませんでしたが……。自分が思っていた以上に手が動いてくれました」
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