気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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 現役の救急救命医としての資格も持っている――意外に知られていないが、医師免許以外にも色々な専門医としての様々な試験が行われていて、その資格がなければ出来ないことも多い――裕樹の方が呉先生の処置をするのに適任なのは分かっている。
 しかし、指の震えが完全に治まっている今の自分がどこまで動くか――言葉は悪いが呉先生を実験台として――試してみたいと思ってしまう。
 祐樹の腕に支えられた呉先生も痛そうな表情ではあったが、こちらの方を意味有り気に見ていた。「良いのですか?」という眼差しで見ると街頭に照らされた蒼褪めたスミレの花の風情の顔がしっかりと頷いてくれた、自分を力付けるように。
「あのクリニックですね」
 奥さんと思しき人が灯りを付けた入口に人待ち顔で佇んでいた。
「K大附属病院心臓外科の香川です。急なお願いで申し訳ないのですが、何卒宜しくお願い致します」
 奥さんは心の底から驚いたような表情でお辞儀をしてくれた。
 処置室兼点滴台と思しきベッドに呉先生を下ろした裕樹が、使えそうな物を集めているのを手伝った。
「祐樹、縫合は私が行っても良いだろうか?」
 祐樹は一瞬だけ逡巡の表情を浮かべたものの、眼差しは春の太陽のように自分を暖かく励ましてくれるように輝いていた。
「はい。呉先生の許可が出れば……異論はないです」
 銀色のトレーに整然と並べられた注射器や縫合針などを確かめるように見ながら呉先生へと視線を転じた。
「香川教授にお願いしたいです」
 その決然とした口調に背中を押された気がした。
 医療用の手袋を素早くはめた。
「先に消毒しますね。痛いと思いますが、なるべく早く終わらせますので……」
 消毒液を浸した綿をピンセットで挟んで神経に触らないように細心の注意を払って動かした。
 縫合の時よりも荒い動きも――といっても些細な違いだが――イメージ通りに動いてくれた。
「大丈夫ですか?痛みは……」
 祐樹の視線が半ば探るような、そして後は嬉しそうな輝きを帯びているのを皮膚で感じる。視線と9割がたの神経は患部に集中していたので、そちらでは捕捉出来ないのは言うまでもない。
「大丈夫です。決して強がりではなくて……。
 こんな些細な怪我に、香川教授を使ってしまうのが申し訳ないです」
 それはこちらのセリフだと思ってしまう。
 幸いにも患部に石の欠片などが入っていることもなかった。そういう細かな破片が有れば取り出す必要が生じる。その手間を惜しむわけでは決してなかったが、当然処置の時間が長くなるので呉先生の負担が大きくなるので。
 さあ、問題は次だ。

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