気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

43

「さてと、青空家庭教師というか寺子屋ごっこはそろそろお開きにしましょうか?
 良い子は晩御飯の時間ですから」
 裕樹の明るい声に――いや、そう装っているのかもしれない。祐樹は三晩完全徹夜をしていても患者さんの前ではこんな感じなのは知っていた――え?もうそんな時間が経ったのかと思っていると夕方に鳴く確率が高いツクツク法師が黄昏時の気配を纏った空気に溶けている。過ぎ去っていく夏への抵抗のように赤や白の百日紅が鮮やかさを増して咲いているように思えるのは、きっと自分の精神状態がこの一日で――斉藤病院長の闖入とも言うべき電話は有ったが――かなり回復しているからだろう。
「車を預けているお屋敷でいったん休みましょう。きっと、縁側も貸して下さいますよ。花火用に……」
 自分の専門が専門だけに高齢者の患者さんが多いのに、身元がバレていないのは不幸中の幸いだった。ただ、前髪を下ろしてラフな格好をするとかなり印象が変わる――それは祐樹のお母様ですら送った写真を見て「一瞬誰だか分からなかったわ」と仰っていた。
 恋人の裕樹も印象がガラリと変わると言っていたし、お母様は――多分内心では実の息子をより気にしているのだろうが、それは親子の自然な情愛だと思う――自分の母が亡くなっていることを告げたせいもあって実の息子同様に考えて下さっている。
 同性の恋人を連れてきた息子に動じることもなく、その上初対面で祐樹のお父様から贈られたダイアモンドの指輪を贈って下さったのも感謝しかなかったが。
「ああ、それは保証しますよ。オレ、いや私も昔から可愛がって下さっていましたし、同居人がかなりの点数稼ぎをしているのでお覚えは最高に良いレベルにまで上昇していますから」
 森技官の猫は何枚の皮を被っているのか具体的に知りたいと思ってしまう――厚労省で祐樹と自分と三人きりになった時などは明らかに自分に対する態度と裕樹への当たりは明らかに異なるのも事実だったし――それに呉先生の薔薇屋敷の「下宿人」としてご町内の皆様に顰蹙を買わないように10枚くらい猫を被っているような気がする。
 呉先生も――祐樹に言わせれば――物凄くモテるらしいので、森技官としては病院では祐樹を防波堤にしているようだったし、ご町内でも牽制の意味も込めてご老人を奥様方への盾にしてそうだ。
「花火も出来るだろうか……」
 祐樹と約束していた今年のカブトムシとかクワガタそして蝉の羽化を見るデートが不可抗力とはいえ延期になったので花火は是非したい。
 神戸の須磨海岸で花火とか海に入ったデートの時にはこんな「事件」が起こるとは思ってもいなかったので全くの屈託なく楽しめた。
 ここは京都市内なので海はないが、せめて花火でもしたかった。
 駐車場を借りている、いかにも京都に先祖代々住んでますという感じの大きな家へと移動した。
 子供達が「せんせ、また教えて欲しいねん!!」という言葉や、自分の腕や手に名残惜しそうな感じでぶら下がってくる子供達の元気とか精神的な活力を分けて貰っている気がした。
 御宅に入ると。

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