気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

40

 祐樹の怒りに燃える瞳が、その中にも絶望の昏い色を湛えている。
 残暑に照る太陽よりも輝く眼差しだったが、その中に日蝕のような部分があることをまざまざと感じさせる。
 祐樹の手を震える右手で掴んで、祈るように組み合わせた。
「電源をオフにしておけば良かったと己の不明を恥じるばかりです……」
 祐樹の口調が苦さを増している。
「いや、黒木准教授からの電話が入るかも知れないので、それは仕方ないだろう?」
 震えてはいたが、なるべく指の力を強くして祐樹の指に絡めた。
 決して祐樹が悪いわけではなくて、今回の諸悪の根源は昔風の外科医の典型の斉藤病院長だ。
「貴方は子供達の所に戻ってください。私は、子供達の教育にも悪い、タバコをこっそり吸ってから戻りますので」
 予防医学に力を入れている厚労省の目論見通りというか、小学校などで徹底的にタバコの害について教わるのが今の流行りらしい。ターゲットはその子供の父親や母親だろうが、愛する子供に注意される方が誰に怒られるよりも効果的だとその医学雑誌に書いてあったが、祐樹もその雑誌などを読んだのか、それともただ単に一人になりたかったのかは分からない。
「分かった。なるべく早く戻ってくれると私も嬉しいので」
 その程度しか言えない自分の話術にも――話術にすらなっていないような気もする――絶望感を覚えながら、足りなさを補うように指の力を強くした。
 タバコは小学校で教えている通りに肺がんなどのリスクを高めるのは確かだが、遺伝要因もあるという論文が多い。ただ、ストレスをかけ続けると実験用のマウスにガン細胞が出来るという結果も出ていて。
 健康診断用にと提出された祐樹の血液の一部をアメリカの研究所にこっそり送って調べてもらった過去が有る。
 その結果、遺伝的なリスクのパーセンテージはかなり低くて、同時に送った自分の血液の方が高いという結果が返送されて来た。ただ、この「事件」の予兆を察知してからの裕樹の喫煙量の増加と、事件が起こってしまってから今に至るまでの祐樹のストレスの量を――恐らく裕樹の場合、病院勤務はそれほどのプレッシャーになっていないのではないかと思える節が多々ある――考えると漠然とした不安を感じてしまう。
 ただ祐樹の喫煙量を減らすための一番良い方法は、自分の指の震えを完治させて、その後裕樹が必死に隠している感じの心の傷を自信のない言葉ではなくて態度とかジェスチャーで癒すしか方法はないだろう。
 それに眠剤の力を借りて眠った自分とは異なって祐樹や呉先生は警察に提出する書類などを作っていたり、自分の容態を診たりして睡眠時間も確保出来ていない感じだったし。
 そういう意味でも物凄く迷惑を掛けてしまったなと思いつつ、子供達の輪の中に、必死に表情を取り繕って戻った。
「田中先生は?」
 先に戻っていた呉先生は何気なさを装って手を見ている。
 さて、何と言えば子供に分からずに伝えられるだろうかと一瞬悩んだ。
 そして。

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