気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

38

 人並み以上の給料を貰っていて、しかもアメリカ時代に築いたかなりの資産が有ることは皆が知っている――具体的な数字は祐樹すら知らない、いや聞かれたら答えようかと思っていたが、全くその気配がないのでそのままになっていた。
 だいたい生涯に亘る恋人の裕樹にすら――当然その人生を背負っていく覚悟は有る――聞かれてもいないのにそういう自慢とも取れなくもない言葉を告げる積もりはなかった。
 教授職に自炊は似合わないのかも知れないが、祐樹が喜んでくれる食事作りはある意味自分の生き甲斐だ。
 今は危なくて包丁は持たせてくれないだろうが、一日でも早く回復して冷凍したものではなくて祐樹の好きなモノを作りたいなと思って、いや願ってしまう。
 たまに食べるピザは本当に美味しくて食欲も進んでしまうが、毎日食べていれば――栄養価の面からもそれほど良いとは思えないし――飽きるだろうから。
 ただ、子供達と炎天下の中駆け回った自分にとっては塩分とかの補給にもなるだろうが。
 それに子供達の活き活きした精神が触れ合っているこちらにも伝染してきて元気になったのも事実だったし。
 昼ご飯を和気藹藹といった感じで食べ終わったら、プロの家庭教師を頼んでいるという子供まで母親に連れられてきた――全く自信はなかったものの、そして自分の教え方がお金を取れるレベルではないことくらいは分かってはいたが――それはそれで嬉しい。
 こんな専門分野に特化した自分でも他のことで他人様の助けになっている、そして自分を必要としてくれる人がまだ居るのだと思えばなおさらのこと。
 祐樹だけに必要とされたいという気持ちは揺るぎないものの、その何十分の一いや何百分の一未満かもしれないが、他人様に必要とされているだけで生きていて良かったと思える。と言っても祐樹に全否定されればそれは何の意味もないが。
 そんなことを少しは弾む心を取り戻しつつ、つらつらと考えていた。
 すると、祐樹の携帯の着信音が鳴って、祐樹の秀でた眉が思いっきり曇った。
 多分というか十中八九病院からの電話だろう。黒木准教授という線は考え辛い。というのも、非常時には全てのことを任せている有能かつ温和な人柄だし、思慮深さも充分兼ね備えている、自分以上に。
 それに何より――自分が悉く暗記している患者さんのバイタルなどから考えて――黒木准教授の豊富な経験でも判断に苦しむような人が入院しているとも思えない。
 だとしたら……。そう思うだけで手が小刻みに震えてきた。
 ああ、やはり……この絹の繭に包まれた蚕のような状態だと大丈夫だった手の震えという症状が継続中であることを雷に打たれたような感じで思い知ってしまう。
 すると。

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