気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

32

 呉先生が厳選してくれた場所に――どうやら森技官ともこの公園を訪れているような話だったので、来慣れてはいるのだろう――相応しく、紫外線を嫌ってお母様が近付いて来られないようになっている。何だか日光を嫌う吸血鬼に似ている習性があるようだった。
 子供達は「呉先生と同じ病院に勤める医師」という情報で尊敬と称賛の――だろう、多分――眼差しや言葉を発してくれただけで、その後は各々の遊びとか勉強などの質問しかして来なくなったけれども、大人の会話だと更に突っ込んで来る可能性が高いし、前髪を下ろしてラフな格好をしているとはいえ、お見舞いなどに来た際に自分を遠目で見ている可能性もある。すれ違った場合は記憶しているが――ちなみに樹の陰に居る女性達の一人たりとも覚えのない顔なのは半ば無意識に確かめていた――雑誌などの媒体などで一方的に知られていたり、退院患者さんの見送りに出た自分を遠目に見たりした可能性までは否定出来ない。
 今は指の震えは出ていないものの、まだ完全に払拭されたわけではないことも分かっている。自分の心と身体のことは自分が最も良く分かっていた。
 早く治さなければと焦ると逆効果なことも。
 子供達と遊んでいると、そういう焦燥感はかなり薄まってくれていて大いに助かっている。
「お勉強教えて欲しい、せんせ」
 無邪気な眼差しが切実な感じを浮かべていた。それ以上に子供の精神の活力に溢れた雰囲気が自分にも良い意味で伝染してくる。
 ただ、学生時代にも――高時給につられて家庭教師のアルバイトをしている同級生も居たが、自分の場合は亡くなった婚約者のお父様が有り難いことに律義に学費を支払って下さっていたので勉学以外も救急救命室でのボランティアなど医学に専念出来る環境だった――人にモノを教えるということはしたことがなかった。それに教授というポジションは大学生に講義を行うのが一般的だが、手技の即戦力として招聘された経緯もあってそういう務めは黒木准教授に丸投げをしていた。病院長によると黒木准教授は教えるのも上手だとのことだったので、不慣れな自分よりも学生にとっては好ましいと思っていた。
 それに医局でも、そして厚労省の研究会でも手技の成功体験を元にしたレポート的なことは話すこととか、実際の手技を見て貰って「習うより慣れろ」的な指導しかしていない。
 だから絶対に家庭教師には向いていないと思ってしまった。
 ただ、祐樹が力強い笑みと断固とした口調で「向いていると思いますよ」と言ってくれて背中を押してくれたので、自分でも出来るかもと思ってしまう。
 皆が小学生なので、普段は接しない上に教えるのも難しい。というのも、割と広範囲に亘ってざっくりとした知識を身に着けるのが小学校の勉強だった、今思い返すと。
 戸惑って、祐樹を見てしまう。
 何故なら。

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