気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

29

 見覚えのある街並みに何となく郷愁を覚えた。呉先生の――祐樹が名付けた――薔薇屋敷を訪れる時には決まって差し迫った用件が有る時だったが、今回ほどの精神的ダメージは、今思い返せば受けていなかったと思う。厚労省のナンバー2に無理やりキスをされた件も――当時は祐樹の愛が心の底のどこかで信じ切れていなかったせいで――その時こそこの世の終わりが来たように思ったが、結果的には全然終わっていなかったし。
「ウチの家ではなくて、町内の公園に行きます」
 この辺りは昔からのお屋敷街で、住人との地域的なコミュニュティを形作っているので、よそ者には敷居が高い。ただ、呉先生の「邸宅」と呼ぶのが相応しい家も恐らくは代々――聞いている限りではお父様の代から確実に住んでいる――受け継いだ地所なだけに、ご町内様の扱いなのだろう。
 百日紅の花が烈火の陽射しに負けないほどの鮮やかさで咲いている公園へと向かった。
 家とか日陰とかではなくて、この公園にご近所様の空いた駐車スペースを借りてまで向かったのは、呉先生が祐樹や自分に太陽の光りを存分に浴びさせたいからだろう。
 ただ、ラフな格好はしている上に前髪も下ろしてはいたが、一応このお屋敷街の住人も読んでいそうな雑誌の取材を何度も受けた経験も有り、そして患者さんとしてではなく――患者さんの住所や氏名、もちろん顔も全員暗記しているので、会ったら自分も分かる――単なる見舞客として訪れていた人に身元が露呈しないかどうかが気になるところだが、呉先生もその点は配慮してくれている感じはした。
 公園に入ると、この暑さにも負けずに元気よく遊んでいる子供達の甲高い声が楽しそうな躍動感で聞こえてきた。
 内科の内田教授は心臓病の子供の患者さんを診ることも多いらしくて何時だったか「子供は生命力が漲っているし、精神も力強さに満ちているので診るのが辛い」というようなことを何回も言っていたのを思い出した。
 ここは公園なので、そういう重い疾病を抱えている子供がいないのは当たり前だ。
 そして確かに元気一杯で走り回ったり各々の遊びをしていたりする子供達は祐樹とは異なった意味で生命力に溢れていた。
 呉先生ともご町内の知り合いらしくて飛び跳ねるような感じで近寄って来た。
「呉せんせ!久しぶり。こっちのお兄さんは?」
 病院の隠語として「せんせ」呼ばわりは揶揄とか見下した感が有るが、京都の方言では単なる「先生」を表すことは知っていた。そもそも自分だって京都生まれの京都育ちなので。
「オレよか偉い先生だよ」
 ご町内のウワサで――自分は今マンションなので、隣人との付き合いもないという環境上職業などは露見していない、多分――呉先生が医師だとか職場は皆に知られている感触だった。
 興味津々といった感じで見上げられながらも元気な子供達は背中に小さな羽根でも生えているように飛び跳ねている。
「じゃ、勉強教えてぇ!!」
 呉先生がこの公園を選んだのは、この子供達と接することで、精神的な活力を分けて貰うというか、同じテンションに身を浸すと自分の精神も上がるという精神科医的見地からだと分かった。
 ただ。

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