気分は下剋上 chocolate&cigarette
12
その祐樹にも不感症だと思われているのだろうかと思うと背筋が凍る思いがした。
先ほどメスを腱の上に突き立てられそうになった時とはまた異なる思いではあるものの。
また、一度休んでしまうと、もう一生メスを握れなくなるような気がした。
バスルームで祐樹に身体を見せた時の凍り付いた眼差しも忘れられない。
事務的というか、普段通りの感じを――主治医として患者さんと接する時にはあんな風に振舞っている、いや、祐樹のことだから一定レベルに抑えた快活そうな表情とか冗談を交えながら診ているのだろうが――強いて出そうとしているのは分かった。しかし、祐樹の表情は心のどこかが痛むような表情が透いて見えた。
祐樹は強い。その強さを自覚してもいる。
しかし、自分の身体を隅々まで診た時の表情はその「精神的な強さ」が粉々に砕けているような痛々しい表情「も」浮かべていた。
その一件に関しては祐樹も色々と知略を尽くしてくれたのに――GPSが付箋紙の中に入っていたことは全く気付かなかった、何かあるとは思っていたが――こんな結果になってしまったことは本当に済まないと思ってしまう。
祐樹も己のことを責めているようだったが、それは違うと言っても今は通じないだろう。
混乱する頭の中で、祐樹の精神的ダメージの深さをついつい考えてしまった。
ただ、当時の恐怖とか今の手の震え……そして「不感症」発言で精神状態が最悪なことも自覚していた。
呉先生が駆けつけてくれて本当に良かったと思った。
しかし、専門ではないものの、精神医学の限界というものも大学で学んだので一通りのことは知っていた。
医師の助力ももちろん必要だし、投薬治療も一定の効果を上げる。しかし、自分の専門の心臓バイパス術は成功さえすれば患者さんのQOLが一気に向上する。根本的な治療法ではないバチスタ術なども存在はするけれども。そのような劇的な変化を見込めないのが精神科の領域で、患者さんが――この場合は祐樹や自分――自ら治そうと思わない限りは手を差し伸べつつも待つしかない。
呉先生が用意した料理を食べて少しは人心地がついたような気がした。食べ慣れた自分の味というか、正しくは祐樹の舌に合わせた料理の数々を冷凍庫で保存しておいて本当に良かったと今更ながらに思った。呉先生の料理の苦手さは知っていたので。
処方された薬も――精神科はもろもろの薬を上手く組み合わせるのが名医の条件の一つだ――なるほどな……と思わせるモノではあったが、呉先生に眠剤などを貰った過去を踏まえて考えると、自分の身体は眠剤や精神安定剤が効きにくい性質のようだった。
祐樹には内緒にしていたものの――却って心配をかけるからという理由からだったが――呉先生から貰ったお薬のせいで余計に耐性がついたような気がする。
案の定、祐樹に手を握って貰うという、自分にとっては最高に幸せな状況下でも眠りの国は固く門を閉ざしたままだった。
眠らなければ回復しないし、回復しなければ月曜日の手術が出来ないと思うと余計に眠れなくなった。
そして。
先ほどメスを腱の上に突き立てられそうになった時とはまた異なる思いではあるものの。
また、一度休んでしまうと、もう一生メスを握れなくなるような気がした。
バスルームで祐樹に身体を見せた時の凍り付いた眼差しも忘れられない。
事務的というか、普段通りの感じを――主治医として患者さんと接する時にはあんな風に振舞っている、いや、祐樹のことだから一定レベルに抑えた快活そうな表情とか冗談を交えながら診ているのだろうが――強いて出そうとしているのは分かった。しかし、祐樹の表情は心のどこかが痛むような表情が透いて見えた。
祐樹は強い。その強さを自覚してもいる。
しかし、自分の身体を隅々まで診た時の表情はその「精神的な強さ」が粉々に砕けているような痛々しい表情「も」浮かべていた。
その一件に関しては祐樹も色々と知略を尽くしてくれたのに――GPSが付箋紙の中に入っていたことは全く気付かなかった、何かあるとは思っていたが――こんな結果になってしまったことは本当に済まないと思ってしまう。
祐樹も己のことを責めているようだったが、それは違うと言っても今は通じないだろう。
混乱する頭の中で、祐樹の精神的ダメージの深さをついつい考えてしまった。
ただ、当時の恐怖とか今の手の震え……そして「不感症」発言で精神状態が最悪なことも自覚していた。
呉先生が駆けつけてくれて本当に良かったと思った。
しかし、専門ではないものの、精神医学の限界というものも大学で学んだので一通りのことは知っていた。
医師の助力ももちろん必要だし、投薬治療も一定の効果を上げる。しかし、自分の専門の心臓バイパス術は成功さえすれば患者さんのQOLが一気に向上する。根本的な治療法ではないバチスタ術なども存在はするけれども。そのような劇的な変化を見込めないのが精神科の領域で、患者さんが――この場合は祐樹や自分――自ら治そうと思わない限りは手を差し伸べつつも待つしかない。
呉先生が用意した料理を食べて少しは人心地がついたような気がした。食べ慣れた自分の味というか、正しくは祐樹の舌に合わせた料理の数々を冷凍庫で保存しておいて本当に良かったと今更ながらに思った。呉先生の料理の苦手さは知っていたので。
処方された薬も――精神科はもろもろの薬を上手く組み合わせるのが名医の条件の一つだ――なるほどな……と思わせるモノではあったが、呉先生に眠剤などを貰った過去を踏まえて考えると、自分の身体は眠剤や精神安定剤が効きにくい性質のようだった。
祐樹には内緒にしていたものの――却って心配をかけるからという理由からだったが――呉先生から貰ったお薬のせいで余計に耐性がついたような気がする。
案の定、祐樹に手を握って貰うという、自分にとっては最高に幸せな状況下でも眠りの国は固く門を閉ざしたままだった。
眠らなければ回復しないし、回復しなければ月曜日の手術が出来ないと思うと余計に眠れなくなった。
そして。
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