気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

 荷物のように扱われてベッドの上に投げ出された。
 そして、メスが――見慣れたモノではあるものの――禍々しい光を放っている。そのメスが衣類を切り裂いていく、意外にも手慣れた感じで。
 そこまでは想定内だったが、右腕の筋――ここを切断されたら、今までのように右手を動かすことは絶望的になる――に当てられた時には魂までもが凍るような気がした。
 そこを鋭利なメスで――しかも医学の心得の有る人間が意図的に――切った場合、自分の外科医としての生命も終わる。
 身も凍るような恐怖に震えながらも、何とか自力で――祐樹が駆けつけてくれるまで、もしくは森技官などが権力を使って助けを寄越してくれるまで――何とかしなければならない。気を失うような悠長な暇もない。必死に頭を動かして打開策を練るしかない。
 そして、既にクーラーの効いた外気に当たっている素肌で祐樹の情痕が残っている箇所を必死で見せつけるように仕向けた。
 走行速度がイマイチ分からなかったので確定は出来ないが方向的には大阪府のどこかだということは分かった。大阪は森技官の勤務先な上に祐樹もきっと助けに来てくれる。
 胸ポケットの一番奥に仕舞ってある名刺入れも――二枚の付箋紙しか入っていない―多分と繋がっているのだから。
 それまでは何とかして時間を稼がなければならない。
 紅い情痕を見つけた研修医らしき男は筋を切断することは棚上げにした感じだった。その代わり偏執狂じみた動作で衣服と皮膚を切り裂いていく。
 ただ、下手に自分が動くと余計に傷が深くなるので、最小限の動作で情痕――祐樹の唇と歯の痕は悉く暗記していた――を見せつけるように努めた。
 論文とかレポートの中でしか知らないが、こういう人間は「一つのことに夢中になると他のことは忘れたかのように振る舞う」という記述を思い出して。
 そして祐樹にしか許していない場所も露わにされてしまった。普通なら羞恥を感じるだろうが、そんな余裕もなかった。最悪の場合、強引に最後まで奪われてしまっても、祐樹も許してくれるだろうとは思う。目を瞑って抵抗はしないようにと――そうすれば却って相手が喜ぶのは知識として知っていた。精神疾患の臨床報告を読んでいたので――必死に身体を律した。
 高ぶった熱いモノが、その場所に当てられる。覚悟を決めて、心の中で祐樹に必死に詫びた。
 ただ。

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