伝説の聖職者☆見習い
元魔王様の休日
魔王であるエターリア・フォルテスは、川辺の草むらに寝転びボーッとしている。
空は青くどこまでも続いているようで、ぽかぽかとした日差しは適度に眩しい。そして、暖かい風は優しく草木の匂いを運んでくれた。
これが魔界の場合、紫色の空に黒い雲が広がっていてなかなか不気味なのだが、この世界の空はそれとは違い、本当に美しく感じられる。
片腕を枕がわりにし、仰向けで空を見上げるフォルテスは、思い出したかのように懐から一冊の本を出して読み始める。
『コミュニケーションの取り方指南書・初級編』
これをマスターすれば、どうやら普通に会話を楽しむ事ができるものらしい。ちなみに修道院へ顔を出した際、たまたまアルフィリーナがくれた書物だったりする。
「なになに……第一印象を良くするために重要なのは挨拶です。笑顔で『おはようございます』や『こんにちは』というのが最初の一歩、昨日までの自分を忘れて、新しく生まれ変わったつもりで挨拶をしましょう……なるほどな」
本にはアルフィリーナの文字で『がんばです!』と書いてある。
「ふっ……」
(挨拶……か、世の中にはこんな高度なテクニックや駆け引きがあるんだな、確かにこれなら話しかけやすそうだ)
魔王として生活していると、挨拶をする機会はほぼない、だから全てが新鮮に感じられる。
(そういえば挨拶と言っても、魔王城に勇者が来た時『よく来たな』と言った記憶しかないな……)
当時のアルフィリーナの笑顔を思い浮かべ、思わず苦笑いをするフォルテス。
「あんたの言う通り……平和な世の中というのも、なかなか悪くはないな……」
なんだかんだでフォルテスも、この村での生活が気に入っていた。
ふと、近くで遊んでいる子供達のボールがこちらに飛んできた。本を置きボールを取ってやると、子供達に返す。
「お兄ちゃん、ありがとう!」
「ああ……」
可愛い子供達を撫でてやろうと、そのまま近づき、ゆっくりと目の前にしゃがみ込む。
しかしどうしたものか、持って生まれた魔王の覇気と、ただならぬオーラを発してしまう、これはなかなか制御ができない。
そして子供の目を見つめるフォルテス。
しかしその眼光はとても鋭く、不敵に浮かべる笑みは、どうしても相対した者を震え上がらせてしまうのだ。
「うわあああん!」
案の定、子供達は逃げていく。
遠ざかる子供達を眺めながら、ゆっくりと立ち上がったものの。
(虚しい……)
寂しげに空を見上げるフォルテス。
『こんにちは』と儚げに呟いたフォルテスの台詞は、ただ虚しく風にかき消されていくのであった。
ーーギルドホール
フォルテスはギルドホールの受付カウンターに腰をかけると、異様な殺気を纏いながらも両手を組んでうなだれていた。
ちなみに『遊び人』として登録しているフォルテスは、誰に誘われる事もなくいつも淡々と一人でクエストをこなす。
村に被害が出そうなものだけを選択して報酬を気にせず解決する行為は、彼自身の優しさを物語っているのだが、誰もその事に気付かないのも煩しいと感じる事なく、逆に心地よかったりする。
勇者が『力の存在』とすれば、魔王は『知の存在』と言われるほど魔法に特化しているので、力こそ普通だがやろうと思えば古の攻撃魔法や召喚魔法は可能である。
だがフォルテスは殴るのや蹴るのが好きなので、攻撃方法は主にゼロ距離魔法を用いた喧嘩殺法で渡り歩いている。
殴った瞬間爆発で吹っ飛ばしたり、蹴った瞬間爆発で吹っ飛ばすのを好む。
まぁ、よっぽどの事がない限り、普通に格闘のみでクエストをこなす技量は持ち合わせているのだが……
そんなフォルテスに受付嬢のニーナは笑顔で話しかけた。
「あら、フォルテスさんじゃない、珍しいわね、今日はどうしたんです?」
「ちょっと……な」
笑顔で話しかけてくれるニーナに対してもやはり会話が続かない、人間界に来てから『コミュ障』だという自覚がますます強くなる元魔王。しかも持って生まれた覇気やオーラが相手を怯ませるのも問題だ。
受付嬢のニーナはサービスだと言い受付カウンターにジュースを持って来て間をつなぐ。優しさが痛いほど伝わってくるのだが、それでもうまく会話が続かない。
「すまないな……」
しかし、ニーナはその言葉に優しく笑顔で返してくれた。
フォルテスはタバコに火をつけつつ、懐から本を取り出す。
(ん?)
「会話の基本は相手の目を見つめる事。相手の目を見て相手の話に同意するだけで、結構話は弾むものですよ……か、なるほどな」
カウンター越しにフォルテスはニーナの目をじっと見つめる。
「あ、あの……どうしたんですか?」
「気にするな……会話の続きだ」
照れ臭くて目をそらすニーナの目を逃さない、もじもじしようがパタパタと火照った顔を手で仰ごうが、気にせずじっと目を見つめた。
これには流石にニーナも恥ずかしくなり、慌ててしまう。なぜなら魔王はイケメンなのだ。
「そ、そうだ! クエストがありますよ! 近くのダンジョンにゴブリンがわいたとか!」
「……そうか」
構わずじっと目を見つめる。
「ひ、一人じゃ厳しいかもしれませんが、受けてみます?」
「……そうだな」
(なるほど、なかなか良い感じだな、会話が勝手に進んでいくようだ)
「じゃ、じゃあ! クエストの発注をしておきますね!」
「……ああ、わかった」
ーー近くのダンジョン
気づいたら難易度の高いゴブリン討伐クエストを一人で受ける事になっていた。
「……どういう事だ?」
思わず首を傾げる。
フォルテスは懐から本を取り出し、次のページを読み進めた。
「ただし、無理難題を言われた時は除く……こんなもん、次のページに書くな」
やれやれといったそぶりをみせるが、頼まれたものはしょうがないと前向きに考える元魔王。
フォルテスはダンジョンに潜っていったのだった。
不気味な雰囲気が続くダンジョン、早速ゴブリンが二体同時に攻撃をしてきた。
ゴブリンというモンスターは非常に厄介で、基本複数で一人を狙い襲ってくる。武器も洞窟内で扱いやすいナイフなどの装備を使い、女の子冒険者を好んでさらっていく困った習性を持つ。弱点といえば小柄でパワーがないという所だろう。
通常なら盾で攻撃を防ぎつつ、一匹ずつ戦える場所へと誘導し、各個撃破していくのがよろしい。
しかし、フォルテスは本を読みながらそれぞれのゴブリンが突き出すナイフを蹴り飛ばすと、無視してツカツカと先へ進む。
格闘を得意とするフォルテスは、敵の間合いを把握するのが得意で、間合いに入った敵にはほぼ反射的に攻撃を当てる。ましてやゴブリン数匹程度なら相手にすらならない。どんどんゴブリンの数は増えていくが、うまく捌いて気づけば数を減らしていた。
「なになに、ダンジョンでは他の冒険者に遭遇する場合もあります、しっかりと挨拶をしましょう(1ページ挨拶の章を参照)なるほどな」
フォルテスは右手で本を読みながら左手でゴブリンを壁に叩きつけたり、歩きながら蹴り飛ばしたりしながら奥へと進む。
トラップが作動し、無数の矢が飛んでくるが、フォルテスは一本掴むとその矢で全ての矢をはたき落とした。
落とし穴のトラップが作動する。
フォルテスは穴など存在しないかのように亜空間のフィールドを展開し、塞がった穴の上を普通に歩く。
巨大な岩が転がって来たが、ぶつかった瞬間粉々に砕け散った。
宝箱を見つけると、ミミックの方から逃げて行った。
なんだかんだで一般的には非常に難易度の高いダンジョンなのだが、フォルテスには大した事はないのである。
「ふむ、この先が行き止まりのようだな」
さらなる無数の罠や強敵などをお構いなしに、本を読みながら進むフォルテス。
到着した最奥の広場には、ゴブリンにいじめられている女の子冒険者達がたくさんいて、ゴブリンロードやゴブリンナイト、玉座にはゴブリンキングがいた。
「結構多いな……(話す相手が)」
『ふはははは! よくぞここまで来たな冒険者よ、我らの力を思い知るがよい』
「なかなか手こずりそうだ……(会話に)」
『一対一の戦いを望むなら、相手を指名しても良いぞ? がははは!』
「それは助かるな……(主に会話が)」
フォルテスは本を懐にしまい、タバコに火をつけてまずはゴブリンロードの前に立った。
(大した強さではないが、一番よく喋るし、会話に慣れるのには良さそうだ)
フォルテスはゴブリンロードをゆっくりと指差した。
(よく喋る人は相手の話を聞いてくれない可能性がありますが、逆に褒めると喜ぶので会話がしやすいです……だったな)
『ふははは! 我を選ぶか! 面白い、貴様の腕を試してやろう』
「なかなか威勢がいいな……(褒め)」
『ほざくな! 我の棍棒さばきを見てもまだその口が聞けるか!』
ゴブリンロードの棍棒は、周囲の空間を切り裂く鋭さでフォルテスに迫る。
「ふんっ!」
フォルテスの足捌きは、棍棒を地面に叩きつけるのみならず、そのまま腹を膝でえぐる。
『ぐはっ!』
飛び退いたゴブリンロードは棍棒を拾い、お腹を抑えて身構える。
「……」
『死ねええ!』
棍棒を回転蹴りで蹴り飛ばしたフォルテスは、そのまま右拳で殴る。その瞬間……
「ファイヤーボルト!」
ゼロ距離魔法を大爆発させて、遥遠くの壁に吹っ飛ばすのだった。
拳から出る消炎を振り払うと、哀れみを込めた目でゴブリンロードを見つめる。
「失敗だ、褒めるところがないな……」
ゴブリンナイトが歩みを進める。
『なかなか見どころがある、我が相手に不足なし』
「そうか……」
(こういう武骨な相手は苦手だな……)
二刀の鋭い剣さばきで乱れ斬りしてくるゴブリンナイト。
「くっ……!」
フォルテスは両手をクロスして受けると、少し後方に押し出された。
『か弱い腕で防ぎきるとは、人間のくせになかなかやるな』
「俺の体はちょっと特殊でね……」
血の滴る右手の甲を舐めると、ペッと床に飛ばす。
その隙を逃さずゴブリンナイトは乱撃を繰り返してきた。
カンカンカンカン!
フォルテスのさばきによる拳や掌底が、ゴブリンナイトの剣とぶつかり合う音がダンジョンに響き渡る。
フォルテスは回転しながら一手、また一手と、剣撃に合わせて捌くのだが、ゴブリンナイトのスピードはどんどん上がる。
右手の剣がフォルテスの頬にかすり、傷をつけた。
『人間よ、そろそろ捌ききれなくなって来たようだな!』
とどめの一撃を振りかぶり、フォルテスに襲いかかる。
!?
あまりにも速い剣撃は、フォルテスを遥遠くの壁に叩きつけ、その場に土煙を上げている。
……かのように見えた。
「おいおい、さっきから誰と戦っているんだ?」
背後から聞こえるフォルテスの声。
!?
「幻惑魔法っていうのはあまり使った事はないが、なかなか面白いものだな……狂ったようにそこにあった岩を攻撃するんだからな」
幻隴魔王拳……すれ違いざまに相手の脳髄に幻惑魔法を叩きつける事で、相手に幻覚を見せる必殺技である。すれ違う意味は特にない。
『い、いつの間に!』
「……最初からだ」
フォルテスの手が背中に触れると、まるで発勁のような衝撃を受けて吹っ飛ぶゴブリンナイト。そのまま気絶するのだった。
『ば、ばかなっ!』
ゴブリンキングは驚きを隠せなかった。
「さぁ、あんたが最後だぜ……いや『あんたの最期だぜ』という方が合っているかもな」
『お、面白い、この俺様自らが相手になってやる』
ゴブリンキングは召喚魔法を唱え、デーモンを呼び出した。
「おいおい、お前自らが相手になるんじゃなかったのか? いきなり約束を破るなよ」
『召喚魔法も我が実力よ、お前もやれば良いだろうが』
「そうか……」
フォルテスは人には到底発言できないような言語を用い、召喚魔法を唱える。
『我がデーモンは召喚魔法の中でも最上位召喚だ、これ以上の魔物を召喚できる者などこの世にいない!』
ゴブリンキングの言うように、この世に呼び出せる魔族の数は限られている。これ以上の存在を呼び出すとしたら神か天使か……実際のところフォルテスは少し迷っている。
!?
(この世に……呼び出す?)
しかし、吹っ切れたようにフォルテスは笑みを浮かべると、手を進めた。
「即席だがまぁいい……」
地面に魔法陣が現れたかと思うと、デーモンとオークキングが吸い込まれていく。
「な! なぜだ! 俺様の体があああ!」
「召喚魔法っていうのは出口だけじゃない、そういう事だ」
フォルテスはこの世のデーモンとゴブリンキング、ついでにゴブリンロードとゴブリンナイトを魔界へと召喚した。
魔界から魔物を呼び出す事ができる反面、魔界の王である魔王なら、魔界に魔物を送り込む事も可能なのだ。
「今ごろ古代龍の群れにでも囲まれているかもな……」
フォルテスは、いじめられていた女の子冒険者達の前に行くと、回復薬を手渡す。
「酷い事をされたものはいるか?」
「いえ、全員囚われていただけで……本当にありがとうございます!」
『ありがとうございます!』
フォルテスは照れ臭そうに懐から本を取り出す。
(ありがとうございますは、最大級の賛辞です。あなたの取った行動が素晴らしいと思われた時に初めて耳にできる言葉……か)
「そういえば、ボールを拾ってやった子供も、ありがとうと言っていた気がする」
『以上、初級者のコミュニケーションは達成しました、お疲れさまです』
本は光り輝くと、空中に舞い上がり消滅する。
「おい、ちょっとまて、ありがとうと言われたら、俺はなんて答えれば良いんだ!」
『どういたしまして』
!?
アルフィリーナの屈託のない笑顔が思い出された。
「どういたしまして……か」
フォルテスは女の子達を転移魔法でリファールアルグレオ村のギルドホールに送り届けると、自らはその場にとどまっていた。
(……気のせいか、懐かしい台詞だな)
フォルテスはゆっくりとダンジョンを戻って行った。
ーー修道院
『修道院では寄附金を募集しています!』
と、書かれた募金箱に、今回稼いだお金五万ゴールドを放り込む。
「……」
(何やってるんだろうな、俺は)
目を瞑り空を見上げると、昔の事が思い出される。
『魔王とか勇者なんて関係ありません! 傷つき倒れている者を救うなんて、当たり前の事じゃないですか!』
!?
(まただ……勇者アルフィリーナを思い出すと、右目が疼きやがる……くっ)
『あっれー? 勇者が魔王を庇った挙句、今度は魔王が勇者を庇うなんて、おっかしいんじゃないですかぁ? ねぇ? アルフィリーナ先輩? あはは』
(ヤメロ……やめろおおお!)
『あはははははははははははははは!!』
光り輝く右目を押さえ、よたよたと修道院の壁にもたれかかるフォルテス。
「……おさまった……か?」
(アルフィリーナ以外に誰かがいた……俺はその事をまだ思い出せない……)
ふらふらとふらつきながら、その場を立ち去ろうとするが、うまく歩けない。
「あれー? フォルテスさんじゃないですか!」
「ああ……」
(やばいな、お嬢ちゃんに見つかったか)
「すごいですね! さっきニーナさんに聞きましたけど、ゴブリンの討伐で女の子冒険者さん達を助けたらしいじゃないですか!」
「ああ……たまたま、だなあれは」
「そんなことないですよ! すごいです!」
「ああ、ありがとう」
屈託のない笑顔で話しかけてくるアルフィリーナに、いつの間にか普通に話をしているフォルテス。
心地よく優しい時間が、しばらくの間続く。
例えそれが元勇者と元魔王のものだとしても、その大切な時間を取り払う事は、誰にも出来ない……
「ところでお嬢ちゃん、お金はできたのかい?」
「いえ……ごめんなさい、まだまだ足りなくて、でも! 私頑張りますっ!」
「そうか……まぁ、大金だからな、焦らなくていい、気長に待つとするさ……」
「フォルテスさん……」
(いつかきっと俺もアルフィリーナも過去を思い出す時が来るだろう、その時俺は俺でいられるのか……それはわからないが、俺は今後アルフィリーナを守ってやろうと思う、今の俺が出来る事、それはこいつに関わり続ける事……)
「あ、そうそう! 安易にレジーナ姫に泣きついたりはするなよ? 彼女を友達だと思っているなら尚更な」
「そ、それをフォルテスさんが言うんですか?! 優しい人だと思っていたのに!」
アルフィリーナはぽかぽかと叩いてくる。
!?
『私があなたを、殺せる訳がないじゃないですか! それに約束は……約束は!』
『俺は、いずれ復活する。お前が手に持つその剣を貸せ、俺を滅ぼしたのは勇者であるお前でないとダメなんだ……』
勇者の剣は魔王の力によって魔王をつらぬく、やがて魔王は笑みを浮かべつつ消滅していく……
『また会おう……アルフィリーナ……』
『いやあああああああああああああ!!』
遠い目で過去を思い出すフォルテス。
(ふっ……)
「ははは……まぁ気長にな、ちょくちょく遊びにでもやってくるさ、じゃあなお嬢ちゃん!」
こうして魔王アルケミア、もといエターリア・フォルテスは、アルフィリーナに後ろ手で手を振ると、笑いながら去っていくのであった。
空は青くどこまでも続いているようで、ぽかぽかとした日差しは適度に眩しい。そして、暖かい風は優しく草木の匂いを運んでくれた。
これが魔界の場合、紫色の空に黒い雲が広がっていてなかなか不気味なのだが、この世界の空はそれとは違い、本当に美しく感じられる。
片腕を枕がわりにし、仰向けで空を見上げるフォルテスは、思い出したかのように懐から一冊の本を出して読み始める。
『コミュニケーションの取り方指南書・初級編』
これをマスターすれば、どうやら普通に会話を楽しむ事ができるものらしい。ちなみに修道院へ顔を出した際、たまたまアルフィリーナがくれた書物だったりする。
「なになに……第一印象を良くするために重要なのは挨拶です。笑顔で『おはようございます』や『こんにちは』というのが最初の一歩、昨日までの自分を忘れて、新しく生まれ変わったつもりで挨拶をしましょう……なるほどな」
本にはアルフィリーナの文字で『がんばです!』と書いてある。
「ふっ……」
(挨拶……か、世の中にはこんな高度なテクニックや駆け引きがあるんだな、確かにこれなら話しかけやすそうだ)
魔王として生活していると、挨拶をする機会はほぼない、だから全てが新鮮に感じられる。
(そういえば挨拶と言っても、魔王城に勇者が来た時『よく来たな』と言った記憶しかないな……)
当時のアルフィリーナの笑顔を思い浮かべ、思わず苦笑いをするフォルテス。
「あんたの言う通り……平和な世の中というのも、なかなか悪くはないな……」
なんだかんだでフォルテスも、この村での生活が気に入っていた。
ふと、近くで遊んでいる子供達のボールがこちらに飛んできた。本を置きボールを取ってやると、子供達に返す。
「お兄ちゃん、ありがとう!」
「ああ……」
可愛い子供達を撫でてやろうと、そのまま近づき、ゆっくりと目の前にしゃがみ込む。
しかしどうしたものか、持って生まれた魔王の覇気と、ただならぬオーラを発してしまう、これはなかなか制御ができない。
そして子供の目を見つめるフォルテス。
しかしその眼光はとても鋭く、不敵に浮かべる笑みは、どうしても相対した者を震え上がらせてしまうのだ。
「うわあああん!」
案の定、子供達は逃げていく。
遠ざかる子供達を眺めながら、ゆっくりと立ち上がったものの。
(虚しい……)
寂しげに空を見上げるフォルテス。
『こんにちは』と儚げに呟いたフォルテスの台詞は、ただ虚しく風にかき消されていくのであった。
ーーギルドホール
フォルテスはギルドホールの受付カウンターに腰をかけると、異様な殺気を纏いながらも両手を組んでうなだれていた。
ちなみに『遊び人』として登録しているフォルテスは、誰に誘われる事もなくいつも淡々と一人でクエストをこなす。
村に被害が出そうなものだけを選択して報酬を気にせず解決する行為は、彼自身の優しさを物語っているのだが、誰もその事に気付かないのも煩しいと感じる事なく、逆に心地よかったりする。
勇者が『力の存在』とすれば、魔王は『知の存在』と言われるほど魔法に特化しているので、力こそ普通だがやろうと思えば古の攻撃魔法や召喚魔法は可能である。
だがフォルテスは殴るのや蹴るのが好きなので、攻撃方法は主にゼロ距離魔法を用いた喧嘩殺法で渡り歩いている。
殴った瞬間爆発で吹っ飛ばしたり、蹴った瞬間爆発で吹っ飛ばすのを好む。
まぁ、よっぽどの事がない限り、普通に格闘のみでクエストをこなす技量は持ち合わせているのだが……
そんなフォルテスに受付嬢のニーナは笑顔で話しかけた。
「あら、フォルテスさんじゃない、珍しいわね、今日はどうしたんです?」
「ちょっと……な」
笑顔で話しかけてくれるニーナに対してもやはり会話が続かない、人間界に来てから『コミュ障』だという自覚がますます強くなる元魔王。しかも持って生まれた覇気やオーラが相手を怯ませるのも問題だ。
受付嬢のニーナはサービスだと言い受付カウンターにジュースを持って来て間をつなぐ。優しさが痛いほど伝わってくるのだが、それでもうまく会話が続かない。
「すまないな……」
しかし、ニーナはその言葉に優しく笑顔で返してくれた。
フォルテスはタバコに火をつけつつ、懐から本を取り出す。
(ん?)
「会話の基本は相手の目を見つめる事。相手の目を見て相手の話に同意するだけで、結構話は弾むものですよ……か、なるほどな」
カウンター越しにフォルテスはニーナの目をじっと見つめる。
「あ、あの……どうしたんですか?」
「気にするな……会話の続きだ」
照れ臭くて目をそらすニーナの目を逃さない、もじもじしようがパタパタと火照った顔を手で仰ごうが、気にせずじっと目を見つめた。
これには流石にニーナも恥ずかしくなり、慌ててしまう。なぜなら魔王はイケメンなのだ。
「そ、そうだ! クエストがありますよ! 近くのダンジョンにゴブリンがわいたとか!」
「……そうか」
構わずじっと目を見つめる。
「ひ、一人じゃ厳しいかもしれませんが、受けてみます?」
「……そうだな」
(なるほど、なかなか良い感じだな、会話が勝手に進んでいくようだ)
「じゃ、じゃあ! クエストの発注をしておきますね!」
「……ああ、わかった」
ーー近くのダンジョン
気づいたら難易度の高いゴブリン討伐クエストを一人で受ける事になっていた。
「……どういう事だ?」
思わず首を傾げる。
フォルテスは懐から本を取り出し、次のページを読み進めた。
「ただし、無理難題を言われた時は除く……こんなもん、次のページに書くな」
やれやれといったそぶりをみせるが、頼まれたものはしょうがないと前向きに考える元魔王。
フォルテスはダンジョンに潜っていったのだった。
不気味な雰囲気が続くダンジョン、早速ゴブリンが二体同時に攻撃をしてきた。
ゴブリンというモンスターは非常に厄介で、基本複数で一人を狙い襲ってくる。武器も洞窟内で扱いやすいナイフなどの装備を使い、女の子冒険者を好んでさらっていく困った習性を持つ。弱点といえば小柄でパワーがないという所だろう。
通常なら盾で攻撃を防ぎつつ、一匹ずつ戦える場所へと誘導し、各個撃破していくのがよろしい。
しかし、フォルテスは本を読みながらそれぞれのゴブリンが突き出すナイフを蹴り飛ばすと、無視してツカツカと先へ進む。
格闘を得意とするフォルテスは、敵の間合いを把握するのが得意で、間合いに入った敵にはほぼ反射的に攻撃を当てる。ましてやゴブリン数匹程度なら相手にすらならない。どんどんゴブリンの数は増えていくが、うまく捌いて気づけば数を減らしていた。
「なになに、ダンジョンでは他の冒険者に遭遇する場合もあります、しっかりと挨拶をしましょう(1ページ挨拶の章を参照)なるほどな」
フォルテスは右手で本を読みながら左手でゴブリンを壁に叩きつけたり、歩きながら蹴り飛ばしたりしながら奥へと進む。
トラップが作動し、無数の矢が飛んでくるが、フォルテスは一本掴むとその矢で全ての矢をはたき落とした。
落とし穴のトラップが作動する。
フォルテスは穴など存在しないかのように亜空間のフィールドを展開し、塞がった穴の上を普通に歩く。
巨大な岩が転がって来たが、ぶつかった瞬間粉々に砕け散った。
宝箱を見つけると、ミミックの方から逃げて行った。
なんだかんだで一般的には非常に難易度の高いダンジョンなのだが、フォルテスには大した事はないのである。
「ふむ、この先が行き止まりのようだな」
さらなる無数の罠や強敵などをお構いなしに、本を読みながら進むフォルテス。
到着した最奥の広場には、ゴブリンにいじめられている女の子冒険者達がたくさんいて、ゴブリンロードやゴブリンナイト、玉座にはゴブリンキングがいた。
「結構多いな……(話す相手が)」
『ふはははは! よくぞここまで来たな冒険者よ、我らの力を思い知るがよい』
「なかなか手こずりそうだ……(会話に)」
『一対一の戦いを望むなら、相手を指名しても良いぞ? がははは!』
「それは助かるな……(主に会話が)」
フォルテスは本を懐にしまい、タバコに火をつけてまずはゴブリンロードの前に立った。
(大した強さではないが、一番よく喋るし、会話に慣れるのには良さそうだ)
フォルテスはゴブリンロードをゆっくりと指差した。
(よく喋る人は相手の話を聞いてくれない可能性がありますが、逆に褒めると喜ぶので会話がしやすいです……だったな)
『ふははは! 我を選ぶか! 面白い、貴様の腕を試してやろう』
「なかなか威勢がいいな……(褒め)」
『ほざくな! 我の棍棒さばきを見てもまだその口が聞けるか!』
ゴブリンロードの棍棒は、周囲の空間を切り裂く鋭さでフォルテスに迫る。
「ふんっ!」
フォルテスの足捌きは、棍棒を地面に叩きつけるのみならず、そのまま腹を膝でえぐる。
『ぐはっ!』
飛び退いたゴブリンロードは棍棒を拾い、お腹を抑えて身構える。
「……」
『死ねええ!』
棍棒を回転蹴りで蹴り飛ばしたフォルテスは、そのまま右拳で殴る。その瞬間……
「ファイヤーボルト!」
ゼロ距離魔法を大爆発させて、遥遠くの壁に吹っ飛ばすのだった。
拳から出る消炎を振り払うと、哀れみを込めた目でゴブリンロードを見つめる。
「失敗だ、褒めるところがないな……」
ゴブリンナイトが歩みを進める。
『なかなか見どころがある、我が相手に不足なし』
「そうか……」
(こういう武骨な相手は苦手だな……)
二刀の鋭い剣さばきで乱れ斬りしてくるゴブリンナイト。
「くっ……!」
フォルテスは両手をクロスして受けると、少し後方に押し出された。
『か弱い腕で防ぎきるとは、人間のくせになかなかやるな』
「俺の体はちょっと特殊でね……」
血の滴る右手の甲を舐めると、ペッと床に飛ばす。
その隙を逃さずゴブリンナイトは乱撃を繰り返してきた。
カンカンカンカン!
フォルテスのさばきによる拳や掌底が、ゴブリンナイトの剣とぶつかり合う音がダンジョンに響き渡る。
フォルテスは回転しながら一手、また一手と、剣撃に合わせて捌くのだが、ゴブリンナイトのスピードはどんどん上がる。
右手の剣がフォルテスの頬にかすり、傷をつけた。
『人間よ、そろそろ捌ききれなくなって来たようだな!』
とどめの一撃を振りかぶり、フォルテスに襲いかかる。
!?
あまりにも速い剣撃は、フォルテスを遥遠くの壁に叩きつけ、その場に土煙を上げている。
……かのように見えた。
「おいおい、さっきから誰と戦っているんだ?」
背後から聞こえるフォルテスの声。
!?
「幻惑魔法っていうのはあまり使った事はないが、なかなか面白いものだな……狂ったようにそこにあった岩を攻撃するんだからな」
幻隴魔王拳……すれ違いざまに相手の脳髄に幻惑魔法を叩きつける事で、相手に幻覚を見せる必殺技である。すれ違う意味は特にない。
『い、いつの間に!』
「……最初からだ」
フォルテスの手が背中に触れると、まるで発勁のような衝撃を受けて吹っ飛ぶゴブリンナイト。そのまま気絶するのだった。
『ば、ばかなっ!』
ゴブリンキングは驚きを隠せなかった。
「さぁ、あんたが最後だぜ……いや『あんたの最期だぜ』という方が合っているかもな」
『お、面白い、この俺様自らが相手になってやる』
ゴブリンキングは召喚魔法を唱え、デーモンを呼び出した。
「おいおい、お前自らが相手になるんじゃなかったのか? いきなり約束を破るなよ」
『召喚魔法も我が実力よ、お前もやれば良いだろうが』
「そうか……」
フォルテスは人には到底発言できないような言語を用い、召喚魔法を唱える。
『我がデーモンは召喚魔法の中でも最上位召喚だ、これ以上の魔物を召喚できる者などこの世にいない!』
ゴブリンキングの言うように、この世に呼び出せる魔族の数は限られている。これ以上の存在を呼び出すとしたら神か天使か……実際のところフォルテスは少し迷っている。
!?
(この世に……呼び出す?)
しかし、吹っ切れたようにフォルテスは笑みを浮かべると、手を進めた。
「即席だがまぁいい……」
地面に魔法陣が現れたかと思うと、デーモンとオークキングが吸い込まれていく。
「な! なぜだ! 俺様の体があああ!」
「召喚魔法っていうのは出口だけじゃない、そういう事だ」
フォルテスはこの世のデーモンとゴブリンキング、ついでにゴブリンロードとゴブリンナイトを魔界へと召喚した。
魔界から魔物を呼び出す事ができる反面、魔界の王である魔王なら、魔界に魔物を送り込む事も可能なのだ。
「今ごろ古代龍の群れにでも囲まれているかもな……」
フォルテスは、いじめられていた女の子冒険者達の前に行くと、回復薬を手渡す。
「酷い事をされたものはいるか?」
「いえ、全員囚われていただけで……本当にありがとうございます!」
『ありがとうございます!』
フォルテスは照れ臭そうに懐から本を取り出す。
(ありがとうございますは、最大級の賛辞です。あなたの取った行動が素晴らしいと思われた時に初めて耳にできる言葉……か)
「そういえば、ボールを拾ってやった子供も、ありがとうと言っていた気がする」
『以上、初級者のコミュニケーションは達成しました、お疲れさまです』
本は光り輝くと、空中に舞い上がり消滅する。
「おい、ちょっとまて、ありがとうと言われたら、俺はなんて答えれば良いんだ!」
『どういたしまして』
!?
アルフィリーナの屈託のない笑顔が思い出された。
「どういたしまして……か」
フォルテスは女の子達を転移魔法でリファールアルグレオ村のギルドホールに送り届けると、自らはその場にとどまっていた。
(……気のせいか、懐かしい台詞だな)
フォルテスはゆっくりとダンジョンを戻って行った。
ーー修道院
『修道院では寄附金を募集しています!』
と、書かれた募金箱に、今回稼いだお金五万ゴールドを放り込む。
「……」
(何やってるんだろうな、俺は)
目を瞑り空を見上げると、昔の事が思い出される。
『魔王とか勇者なんて関係ありません! 傷つき倒れている者を救うなんて、当たり前の事じゃないですか!』
!?
(まただ……勇者アルフィリーナを思い出すと、右目が疼きやがる……くっ)
『あっれー? 勇者が魔王を庇った挙句、今度は魔王が勇者を庇うなんて、おっかしいんじゃないですかぁ? ねぇ? アルフィリーナ先輩? あはは』
(ヤメロ……やめろおおお!)
『あはははははははははははははは!!』
光り輝く右目を押さえ、よたよたと修道院の壁にもたれかかるフォルテス。
「……おさまった……か?」
(アルフィリーナ以外に誰かがいた……俺はその事をまだ思い出せない……)
ふらふらとふらつきながら、その場を立ち去ろうとするが、うまく歩けない。
「あれー? フォルテスさんじゃないですか!」
「ああ……」
(やばいな、お嬢ちゃんに見つかったか)
「すごいですね! さっきニーナさんに聞きましたけど、ゴブリンの討伐で女の子冒険者さん達を助けたらしいじゃないですか!」
「ああ……たまたま、だなあれは」
「そんなことないですよ! すごいです!」
「ああ、ありがとう」
屈託のない笑顔で話しかけてくるアルフィリーナに、いつの間にか普通に話をしているフォルテス。
心地よく優しい時間が、しばらくの間続く。
例えそれが元勇者と元魔王のものだとしても、その大切な時間を取り払う事は、誰にも出来ない……
「ところでお嬢ちゃん、お金はできたのかい?」
「いえ……ごめんなさい、まだまだ足りなくて、でも! 私頑張りますっ!」
「そうか……まぁ、大金だからな、焦らなくていい、気長に待つとするさ……」
「フォルテスさん……」
(いつかきっと俺もアルフィリーナも過去を思い出す時が来るだろう、その時俺は俺でいられるのか……それはわからないが、俺は今後アルフィリーナを守ってやろうと思う、今の俺が出来る事、それはこいつに関わり続ける事……)
「あ、そうそう! 安易にレジーナ姫に泣きついたりはするなよ? 彼女を友達だと思っているなら尚更な」
「そ、それをフォルテスさんが言うんですか?! 優しい人だと思っていたのに!」
アルフィリーナはぽかぽかと叩いてくる。
!?
『私があなたを、殺せる訳がないじゃないですか! それに約束は……約束は!』
『俺は、いずれ復活する。お前が手に持つその剣を貸せ、俺を滅ぼしたのは勇者であるお前でないとダメなんだ……』
勇者の剣は魔王の力によって魔王をつらぬく、やがて魔王は笑みを浮かべつつ消滅していく……
『また会おう……アルフィリーナ……』
『いやあああああああああああああ!!』
遠い目で過去を思い出すフォルテス。
(ふっ……)
「ははは……まぁ気長にな、ちょくちょく遊びにでもやってくるさ、じゃあなお嬢ちゃん!」
こうして魔王アルケミア、もといエターリア・フォルテスは、アルフィリーナに後ろ手で手を振ると、笑いながら去っていくのであった。
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