JKのアタシが異世界転移したワケなんだけど、チートなのは相方の方でした

なゆた

第1話 『宮間千尋は極普通のJKだった』

 本当に突然なんだけどーー。
 アタシには『捨て子だった』って言う衝撃の黒歴史がある。



 本当の両親の事は全く覚えていない。
 仕方ないって。だってその時のアタシはまだ喋るどころか、ハイハイもできない赤ちゃん
だったんだもん。
 少し大きくなってから、自分についての記録を見て、自分が新生児の時点で児童養護施設
に保護されたこと知ったくらいだったしーー。
 

 事故で亡くなったのか、それとも事件に巻き込まれたのか。経済的な理由かーー。
 あるいは、生まれてくる事を望まれていなかったアタシを捨てたか。
 憶測だけならいくつでも上げられた。
 小さい頃はそのことがものすごく疑問で、施設の大人達に「私のパパとママはどこ?」「いつ、私を迎えに来てくれるの?」と毎日のように聞いて周っていた。
 聞くたびに誰もが口を濁したし、すぐに話題をすり替えられた。
 最初は答えてくれない大人達の反応がもどかしくて、膨れっ面をしていたけれど、何となく「聞いてはいけないことなんだ」と子供ながらに理解して、聞くのをやめた。







 それから、自分の名前――。
 アタシはいつの間にか、周囲に『千尋』と呼ばれていた。
 両親が付けてくれた名前かもしれないと思っていた時期もあった。
 でも、生まれてまもなく捨てられた自分に両親が付けた名前がある訳ないんだよなぁ――って、5歳になった頃にはたと気が付いてしまった。
 それからは施設の大人が名前のないアタシに勝手に付けた名前なのだと考えるようにした。
 とにかく、アタシはいつの間にか『千尋』と言う名の身寄りのない女児になっていた。


 そして、アタシは常に一人ぼっちだった。
 同じ施設にいるんだから、周りの子供達だってアタシと同じ境遇だったろう。
 でも、何となく馴染めなくて――。キャッキャッと笑い声を上げて、楽しそうに遊ぶ子供たちの輪に混ざることなく、遠巻きからその様子をただじっと見つめるだけの生活を送った。
 笑い話にもならないけど、施設の職員さん達が精神を多少病む程度に、当時のアタシは頑なに孤独を好む陰キャキッズだったわけよ。
 マジ、ウケる。


 そんなぼっち街道まっしぐらだったアタシにある日、転機が訪れた。
 現在の両親。つまり、私を養子として引き取った宮間夫婦との奇跡の出会い。
 どんなに頑張っても子供が出来なかった父と母は、アタシのいた児童施設のことをたまたま知って、養子を求めてやって来た。
 そして引き合わされたアタシを一目で気に入って、そのまま、あれよあれよと手続きが進んで、そのまま引き取ってくれた。
 6歳の誕生日に血は繋がっていないけど、優しい両親ができた。
 めでたく陰キャ卒業か? と、思われたが……まだしばらく、暗黒時代は続くんだよね。


 そんな特殊な経歴持ちのせいか、『もらわれっ子』のアタシは、入学した小学校で仲間外れにされたり、無視されたり持ち物を隠されたりと、まぁアタシは世間一般で言う『虐め』にあった。
 意地悪や嫌がらせをされる度に「世の中は理不尽だな」とは思ったけど、施設を出たばかりで孤独に慣れていたその頃のアタシは、別段それを何とも思わなかった。
 ただ教室の窓から見える空を見つめながらこんなことを想っていた。


『現実(ここ)じゃない、どこか別の世界に行けたらなぁ』って。


 別の世界――。誰の目も気にせず、自分らしく生きられる世界。
 穏やかで何となく毎日が平和に過ぎていく世界。
 それがアタシが唯一望む世界だった。


 表面上では「どうってことない」とうまく取り繕っていた。
 それでも小さかったアタシの心の中には、常に周囲と交われない孤独と先の見えないこの世への絶望、どうする事も出来ない現実への諦めが渦巻いていたのかもしれない。
 今考えてみると、何て暗い思考回路をしていたのだろう。
 クラスメイトの間やネットでよく聞く『中二病』とか言うそれそのものだ。


 でもそんな考えも、父親の仕事の都合で何度となく転校する度に段々と薄れていった。
 転勤族だった父親には感謝してもしきれないくらいだ。
 初めてクラスメイトに話しかけられて、友人と呼べる同級生達の輪の中に入れた時、アタシは誓った。


 極普通の女の子として『平凡』に生きていくんだって……。




「こんなくだらねぇ現実にいたくねぇよ。転生かトリップして俺TUEEEEな異世界に行きてぇ……」

 中間テストの2時限目が終了した休み時間。
 クラスの隅っこの席で、コミュ障のオタクデブがずっとブツブツ一人で呟いている。
 下手すりゃアタシもああなっていたのか、と目線だけをそちらにチラリと送る。
 アニメや漫画、ゲームは好きだ。
 でも、アニメ好きの友達と会話のネタにする程度でオタクや腐女子の域には達していないと自負している。
 聞こえよく言うなら、『嗜む程度』ってヤツかな。
 目の前に集まる数人の友人達が先ほどのテストについて話しかけてくるので、視線を戻してして笑顔で冗談を言い返す。それを聞いた友人達がケラケラと笑った。


 高校2年になったアタシこと――宮間千尋(みやまちひろ)は、小学生時代とは打って変わって明るい少女になった。
 学力、体力は共に中の上。彼氏は今のところいない。
 クラスで孤立することもなく、友人達と買い物やカラオケに行くしプリクラだって撮りまくっている。いつも持ち歩いているバインダー式のプリ帳は、教科書より分厚くなっている。
 テスト期間中でも先生にばれない程度に薄いメイクをする。
 どんな時でもおしゃれは怠らない。女子高校生の鉄則だ。
 何処からどう見たって、極々普通のJKを見事に演じきっている。
 会話の合間に鞄からiPh●neを取り出して、画面をちらりと見てからLI●Eに適当なコメントを打ち込む。それから暗くなった画面を鏡代わりにして前髪をサッと整えた。
 こう言う細かなことに気を使わなくちゃいけないのは正直、疲れる。
 だけど、今だにブツブツ何かを呟いているキモオタデブの様に無視されるのは御免だ。


 2度と陰キャボッチになったりなんかしない。
 そのためなら何だってやってやる。
 例えそれが、自分を偽ることになってもだ。


 チャイムが鳴った。
 こちらに手を振りながら集まっていた友人達が自分の席やクラスに戻っていく。
 アタシもそれに声を掛けながら手を振りかえす。


 さぁ、次でこのかったるい中間テストも最後だ。
 世界史は別段、得意でも苦手でもない。
 覚えたことを真っ白な答案用紙に書いていくだけの単純作業だ。
 担当教官がテスト用紙の束を持って教室に入ってくる。


 さて、テストが終わったら何をしようかな?


 テストを始める直前に見上げた窓の向こうは、早めの梅雨入りをした最近では珍しく晴れ晴れとした青空だった。
 何も起こるわけがないのだ。


『どこか別の世界』――。


 そんなのは存在しやしない。
 行きたい奴は、勝手に行けばいい。


 その時のアタシは、ただ安直にそんな事を考えていたんだ。
 これから自分がどうなるかも知らないで――。



 道を行きかう人が、工事現場の人々が叫んでいる。
 悲鳴やら怒号やらで、何を言っているのか内容は全く聞き取れない。
 その叫びを引き裂いてギュィイイイイと言う不愉快極まりない音が辺りに響く。
 横断歩道を渡り終えようとしていたアタシの目の前には今まさに横転しそうになっている巨大なクレーン車。
 そしてガギンッ! ギュンッ! と太いワイヤーの先に着いた金具が弾け飛び、鉄骨が頭上に降り注ごうとしている。

「な、何……これ? ど、どうなってんの!?」

 中間テストが終わり、数人の友人達と足早に下校を始めたアタシ。
 その中の誰かが、『サーティ●ンのアイス食べようよ!』と言い出した。
 もちろん、アタシもそれに賛成しておもむろに鞄の中を見た。
 愕然とした。鞄の中に財布がなかったのだ。
 そう言えば、今朝から財布に触れていなかった気がする。机の上に置いて来たのだろうか? 
 その事を友人達に申し訳なさ気に伝えると、『千尋って案外ドジだよねぇ。じゃぁ、一回帰ってから合流しよ!』
 アタシは、別にドジっ子じゃないと思うんだ。
 誰にだってミスする事ぐらいはあるでしょうに……と言うわけで、そのまま遊びに行く友人達と別れてアタシは帰途についたのだ。


 ただそれだけの事だったのに、これは一体どう言うことだ。


「ひぃわぁあああああッ!?」

 ヤバい。これ、女の子が上げていい悲鳴と違う! と自分に自分でツッコミを入れてしまいたくなる、微妙な悲鳴を上げてしまった。
 もうちょっと可愛らしく『きゃぁあ』とか言えば良かったのだが、そんな叫び方を選んでいる余裕はなかった。
 今まで出した事のない瞬発力で、アスファルトを蹴って後方に走った。
 スカートが捲れてパンツが見えようが、鼻水が垂れてようがそんなのはご愛嬌だ。
 大目に見て欲しい。今一番大切なのは自分の『命』だ。


 ガキィイイイインッ! ドゴッ! 
 ガラン、ガラァンッ!!


 さっきまで自分が立っていた所からもの凄い衝撃音が聞こえた。
 鉄骨がアスファルトを穿ち、地面が抉れている。
 いきなりの猛ダッシュで足がもつれて派手に転んだ。
 受身が上手かったのか、怪我はしていないが肩や膝が痛い。
 痣になるかもしれないな……と思いながら立ち上がると、再び誰かが叫んだ。

『逃げろッー!! クレーンが! クレーン車が倒れるぞッ!!』

 その声でアタシは咄嗟に後ず去った。
 思えば、その行動がいけなかった。
 ふわりと今まで感じたことのない浮遊感、そして下に引っ張られるような感覚。

「ふぇ?」

 気づいた時には何もかもが手遅れだった。
 蓋の外れたマンホールが足元に黒い空間を作っていた。何の迷いもなくアタシの体はそこに吸い込まれるように落下。
 おいおい、誰だよ。こんな時にマンホールの蓋外したの。
 世界的に有名なあの某配管工じゃないんだから。
 土管に落ちたら、そこは大量のコインが貰えるボーナスステージでした~ってか?
 いや、確かに現金なくて困ってはいたけど……。


 某配管工はある程度高いところから落ちても死なないタフな体と、キノコやらフラワーやらスターの力と、残機があるけど、アタシはこの身一つに1つの命しか持っていない。
 あちゃー。アタシの人生、マジで終わったかもしれない……。


 JKでありながら己の死期を悟ってしまったアタシは、最期の悪あがきにギュッと目を瞑る。
 なんて事はない、自分が死ぬ瞬間を見たくなかったからだ。



 …… ……… ………… ……………。



 あれ? おかしい。
 何かがおかしいぞ?



 そろそろ、コンクリに激突するか下水に着水しても良いと思うんだけど。
 このマンホール深すぎじゃね? 落ちた時の事考えてないでしょ。完全に設計ミスだわ。


 それにしても、さっきから顔とか制服に当たる風圧がハンパないんだけど。
 ビュウビュウ、ゴウゴウ、バサバサと、ちょっとどころではなく五月蠅い。
 そうだなぁ、台風一過の強風を直に受けている感覚に近いかな。

「んん?」

 首を傾げながらとりあえず両腕を伸ばしてみる。何の感触も無し。
 上下にも動かしてみる。風圧のせいで動かしにくいが何もない。
 何だ? どうなってるんだコレ?

「ちょっとこれ、なんぞ?」

 思い切って、バッと開眼してみる。
 ちょ、風圧! 目が痛い、痛い。ドライアイ必死だよ。

「……て、ちょっと待って! 何じゃこりゃぁあああッ!」

 アタシはあらん限りの声で叫んだ。その声が尾を引くのが分かる。


 アタシは落下していた。もの凄い速度で……。
 それはそれは綺麗な青空を、下へ下へと。


 ちょい待ち! だから、マンホール何処行った!! そしてここは何処だッ!?


「おわぁああああ!? ど、どゆことー!? マンホールは!? つーか、マジもんの浮遊感! あっちゃー! JKに浮遊感与えちゃったかーー! あーー、でもコレはコレでグチャクチャの人体でできたもんじゃ焼き不可避な感じの悲惨な姿で死んじゃうぅうううッ!! 誰か、アタシに今からでも全然OKだから、パラシュートをくださぁああいッ!!」

 必死に腕をバタつかせてみるが、効果は一切無し。減速するわけがない。
 だって皆さん、想像してみてくださいよ。
 ノーパラシュートのスカイダイビング……恐怖しかないでしょ?
 いや、そんな事よりも……。

「誰か、助けてぇえええええ! ヘルプミィイイイイ!」

 空中に人がいるわけない。そんなことは分かっている。
 でも、こちとら死にたくないんじゃい!

「――かしこまりました。只今、お助けいたします」

 ほらぁ、誰もいない。
 いるわけがないんだよ。空の上になんかさぁ………て、はい?


 アタシの叫びに誰かが応えた。
 声のした方を風圧に耐えながら首を動かして見てみる。
 空の上に誰かいる……だと? まさか、神様か!

「てッ……うわぁッ! 顔! 顔、近ッ!」

 結構至近距離にイケメンの度アップがあった。
 風になびく黒髪にこちらをジッと見つめる青い双眸。
 美白でもしてるのかってくらいに白い肌。
 この無表情がデフォルトです。って感じの澄ましたお顔。
 うーん、神様じゃなさそう。


 あれ? さっきまでこんな人いたっけかな?
 てか、待って、待ってー。
 よく見なくても、この人もノーパラシュートじゃないですかッ!


 なのに、何でそんな冷静な顔してるの? 馬鹿なの? 何なの? 死ぬの? 
 こっちまでつられて冷静になっちゃう。
 いや、ここで変に冷静になっても、『このままだと、どの道死ぬ――』って言う現実をより明確に理解しちゃう。
 よ、よし。少しでも不安を和らげるためにもう一回、現実逃避しよう。
 とりあえず、今一番疑問な事を隣の男に投げかけてみようか。

「……えっと。あの、どちら様ですか?」

 誰だ、この人。
 マジで身に覚えのない、知らない人なんだよなぁ。

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