神の使徒

ノベルバユーザー294933

第八話 「聖域騎士団」

「………知らない天井だ」

目を覚ませば見覚えのない場所に俺は寝かされていた。その場で視線を動かすと、見えるのは布製の天幕、そして床に置かれている調度品…。

俺は、なぜ…こんな所に?

状況を確認しようと、体を起こすと急な痛みに顔を押さえて悶絶した。

………そういえば。
俺が、いや彼が崩した遺跡を掘り起こそうと来ていた謎の鎧を着た一団、そこに所属している白鎧騎士に事情を話し、助けを求めようと接触すると何故か問答無用で殴られたのだ。理由はわからないままだ。

ただ…とりあえず、まじで痛いんだけど、これ…。鏡とか見たら病院に行かないといけない奴なのではないか?
腫れの状態を確認しようと手鏡を探していると幕内の入口を覆っていた布が揺れた。
誰かが中に入ってくる。

途端、薄暗さを感じていた幕内が一気に明るくなった。よく見れば、天井から吊り下げられている球体が光を放っているではないか。
人を認識すると点灯する電気のようなものか? いや異世界でファンタジーだから種別的には魔法か? 
まあ、この際どっちでもいいな…。

入ってきた人物は俺の目線に合わせるかのように屈み込んで話し掛けた。

「大丈夫ですか?」

澄んだ優しさを感じる声音で…。
そこには修道院の女性服、フードを被った少女がいた。彼女は俺の頬を触ると、申し訳なさそうに告げる。

「すみません、手荒なことをしてしまいました」

彼女はニコリと微笑む。一瞬、彼女の笑顔に見惚れてしまったが、大人の理性を総動員して顔を強張らせて耐えた。

「首の方は出血がヒドそうに見えましたが傷はありませんでした、良かったですね♪ 一目見たときは少し生きた心地がしませんでしたよ」

「え………、ああ!」

言われて俺は首筋に触れる。
そこは彼に、リリエールによって吸血された場所だ。どういう状態なのか分からないので慌ててしまうと、修道女の少女は、テントの中で物置のようになっている調度品の山から顔大の鏡を持ってきてくれて、俺はそこに写り込んだ自分の首を眺めてみる、目立たないオシャレなど毛ほど感じない服の下、真っ赤な部分と拭き取ってくれたのか、目立たない程度には血も消えていた。

鏡を見せられ、なるほどなと思った。
べっとりと肩に血のついた男が笑顔で自分は無害ですよーと話しかけてきたのだ。
そんなヤバイ奴を見たら不審者として対応するのは普通だろう…。
だけど…理不尽だなとも、やはり思った。

「あはは、すみません、ありがとうございました」

俺は謝罪も兼ねて彼女へお礼を述べた。

「いいえ、お礼を言われるようなことは何も…、それより、一つ…よろしいですか?」

彼女は俺の言葉に首を振って礼など不要だと伝え、そして、最後に神妙な面持ちで俺に聞いてきた。

「なんでしょうか?」

「貴方は、どうやって此処へ? ただの人には見えませんし、お話を聞かせてもらっても構いませんか?」

それで、俺はなるほど、と頷き。
少女へ告げる。

「えっと、俺は柴田・敦と言います。異世界から来ました。年齢は二十七歳で向こうじゃ会社員をしていました。しがない平です」

「会社員…こちらにも多く会社が設立されています。そうですね、特に多いのは自由貿易国アドラヘルなどでしょうか、あそこには多くの異世界からの来訪者がおられますし、ご自分で会社を立ち上げた方もいらっしゃるんです」

いい笑顔で畳み掛けるようにして色々情報を教えてくれた。と、とりあえず、こちらは異世界人との交流が盛んなのだ、ということはよく分かった。

ただ、異世界に来ても社会から逃げられないのだとすれば、なんというか…虚しいな。

「………どうかされましたか?」

少女が訝しげに聞いてきて、俺はふるふると首を振って笑顔を取り繕った。まあ気にしない気にしない、そう今は第二の人生なのだから!

「いいえ、なんでもありません。それで、異世界人として最初に転移された場所なんですが、俺はどうやらブラディティカール遺跡、今皆さんが掘り起こそうとしている遺跡に転移してしまっていたんです」

「遺跡にですか?」

少女は少し顔を険しくさせた。
悪いのだか、それ以上に険しくなってもらわなければならない。

「その…言い難いんですけど、そこに封印されていた魔神 リリエール・ヴィ・ブラディティカールを解放してしまったんです」

その瞬間、少女から感情というものが一切なくなって、無。無心となっていた。
すぐに事態の重さを理解したのか慌てた様子で彼女は告げた。

「え…? ええと、ちょっと待って下さい団長を呼んできますから!」

そう言って、彼女は駆け出す。
俺はテントの中で一人になった。さて、言ってしまった…これは俺が起こしてしまったミスだ、責任をすごく感じている…。
にしても、リリエール、彼の反応がないな?
彼は俺の思考を読むことのできる魔法を習得し俺に行使している。その気になれば、彼は話しでもしてくるかと思ったがそんなことは無かった。

暫くして、少女と、もう一人…大柄な体をした白鎧の騎士部下達に指示を飛ばしていた男が幕内の中に入ってきた。

「事情は聞いた、もう少し詳しく知りたい。頼めるかな?」

男は神妙な顔つきで俺へと話しを促す。
ゴクリと生唾を飲んでから俺は口を開き。

「俺は、彼が封印されていると思われる水晶の洞窟の中へ辿り着き、彼とこの世界についての話しをしている内に無防備にも彼に近づいてしまい。彼を解放させるに至る魔力源、俺の血を与えてしまいました。彼はそれで解放され、彼の魔法によって遺跡は崩壊してしまいました、その…すみません俺のせいです」

そう俺が告げると。

「………ゆゆしき問題だ。君はわかっているのか? 君の軽率な行動が伝説的な災厄、存在するだけで世界を傾かせるバケモノを解き放ったんだ、君の言葉で赦せるようなことじゃない」

「そ、それはもちろん責任はとらせてもらいます! なんでもします! 魔神の再封印の為、に………っ!」

その瞬間、男が動いた。
息をする間もなく男は俺の首を掴むと、その場を見守っていた少女へと告げる。

「………始めろ」

「《熾天の焔》セラフィム………」

少女の唱えた祝詞。
それが響く。響き、頭に…聴こえてくる…。
叫び声、怨嗟に近い叫び声、それはまるで俺の意識を圧し潰すようにして聴こえてくる。

「アぁアああゝあ!! あああああああぁぁぁぁぁぁあぁあ! ぁっ━━━━━━━━」

痛み…ぁあ痛みだ…、それが全身を駆け抜ける。耐えても耐えても続く終わらない激痛。

何なんだ…これは? 尋常ではない。常軌を逸脱した行いだ…。どうしてこんなことになったのか訳が分からない…。
意識が途切れかけ始めてきた。
………男が、俺に…何か言っている。

「白々しいまでに無知だな………。一体どれだけの犠牲を出して封印したと思っている? いいだろう、君の言葉通りに責任と義務を果たしてもらう…君を贄にしてな………」

男は怒っていた。確かな憤怒を感じさせる。
だが、俺にはもうそれに答えるだけの体力は残されてはいなかった。
まずい、意識がまた持って行かれる…。

「団長………うっ!」

修道女の少女から何か声が漏れ出たと思えば、少女はその場で力無く倒れ込んだ。

それで俺に行使されていた、魔法はかき消えて、俺は痛みから解放された。
ゼェ、ゼェと酸素を求めて荒い息を繰り返す。
俺を睨むようにして見下ろしていた男、団長と呼ばれていた男が少女へと視線を向けた。
いや…その視線は更に奥へと向けられて行った。

幕内に置かれた机の上、そこに座っている者がいた、不敵な笑みを浮かべている少年のようにも見え、少女のようにも見える紅いルビーの瞳を持つ人物、いいや彼等がそれら存在を称するとすれば、ソイツは………。

魔神 
 リリエール・ヴィ・ヴラディティカール

彼は笑いながら告げた。

「人間の考えそうなことだね。うん、あまりに無知で無価値だよ」

その瞬間、俺は彼に助けられたのだと認識し、また自らを恥じる。まさか、敵に助けられるなんて…。
だが、今は違う、この場所においては彼は恩人だ。

「助かった………。ありがとうリリエール」

「フフ、残念♪ そう言うのはまだ早いかな?」

「え?」

瞬間、その音が響く。
ビリビリィッと、
リリエールの言葉と同時に天幕が裂ける音が………いや正確には天幕を斬り裂いていく巨大な大剣の音がだ。リリエールに向けてその何処からともなく出現した大剣は彼へと振り下ろされて行く、それに一切の容赦はない。
なんだ? あの剣はどっから出てきたんだ?

そして、リリエールに剣が迫る、その直前、彼は目の前の男へ告げた。

「………邪魔。《黒天眼》イビル・アイッ!」

その瞬間、彼の紅い瞳が輝きを放ち。
一筋の閃光が走った…、あの遺跡のなかでスライムに向けて放っていたビームだ。それは光速で男へと襲い掛かり、確実に男を仕留める、そう思えた。
しかし、次の瞬間に信じられない光景を見せつけられた。男が神懸かった動きで体を捻って回避してしまったのだ。
この男ッ、ウソだろ!
いや、よく見れば…耳、そこが少し焦げている、だけどあれを掠っただけですんだのかよ。

「リリエールっ!」

俺は彼の名前を叫んでいた。

「大丈夫、問題ないよ♪」

と、リリエールから返事が来て、彼はその手に黒光りする稲妻を瞬時に作った。それが男の目の前で破裂する。

「ガアアぁあぁアアアッ! くぞぉがぁ!」

感電…痺れているのか男の呂律は回っていない。男はなりふり構わず腕を振るい、暴れ回り、そして急にバタンとその場に大の字で倒れ込んだ。

その男の様子を観察しながら、彼は猫の如くしなやかな伸びを始めて力を抜いた。

「まったく、馬鹿みたいに強いね。やだやだ、人間は本当に恐い恐い…」

嘘だな…。俺が太刀打ちできないような男を彼は簡単に無力化した。大きな実力差はあるのだろう、明確に………。
彼はひとしきり体を伸ばしたあとに、俺へとゆっくり向き直った。

「さあ、行こうか」

俺は彼の言葉に呆然と頷いて返事を返す。

「あ……ああ、そうだな…」

と………。
















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