獲物

蜘蛛星

淡白的愛情

私の初恋は夜空でした。
彼は心の広いお方で、いつもみんなを包み込むような優しさを持っていました。私を特別扱いしてくれたわけではないけれど、彼の美しさに見惚れていた時、目が合ったのは確かです。

幼い頃、両親の愛に欠けていた私にそっと口付けをしてくれたことを、まるで昨日の事のように思い出します。
私は毎晩、彼の髪を撫でました。美しい黒の光沢を覚えています。彼は口付けを済ますと、他の愛に欠けた子のためにまたその口を使うのです。私はそれがどうしても許せなくて、何度も何度も止めました。その度に、彼は美しい瞳に私を映して言うのです。
『君には本当に愛すべき相手がいる』
その一言に全てが詰まっていました。

私が9つの時、彼は突然いなくなりました。その日は、いつものように彼のキスを待っていました。待てども待てども彼は姿を表さず、やがて私は眠りこけてしまいました。土砂降りの夜だったことを覚えています。

彼がいなくなるとほぼ同時に、私に両親の愛が戻ってきました。


私にとって両親の愛は恐るべきものでした。
未知の領域、あまりに濃厚な味、目の前が突然色付いたようでした。虹の中を駆けている感覚がしばらく続き、そして胸焼けするのです。感情が頭の中に溢れかえっているのです。言い表せない息苦しさに、私は大泣きしていました。両親の愛が戻ってから一週間がたった頃のことです。

夜空に会いたいと思いました。
あの端的な愛情が好きでした。
薄味のモノクロな愛が好きでした。
冷たく突き放す口付けが好きでした。

毎晩、両親がおやすみのキスをしてくれます。彼と同じように。しかしそれもまた随分と暖かく、むしろ暑いほどです。彼とは違って。
両親が部屋を出たあと、私はそっと窓から飛び降りました。彼を探しに行きたかったのです。雨こそ降っていませんでしたが、空には分厚い雲が敷き詰められていたことを覚えています。着地の際に足を捻ったようで、手頃な棒を拾って杖にしました。

私は結局彼を見つけることができず、大人に保護されてしまいました。急いで駆けつけた両親は、一番最初に私をぶちました。そして、涙目で思い切り抱きついたのです。私はその時、両親の愛情を愛すことができました。暖かく、濃厚で、胸焼けのするほどの愛。
呼吸が楽になって、私は無意識に泣いていました。

私はもうすぐ30になります。
この話は誰に話しても信じてもらえません。私がいた孤児院に、そのような男性の職員は存在しませんでした。
でも、たしかに彼は存在したのです。
この間、同じ孤児院出身の幼馴染と再開しました。一通りの談笑を終えたあと、彼のことを聞いてみたのです。
確かに、毎晩キスをしてくれる人はいたけれど、そこまで鮮明に覚えてはいない。
他の幼馴染に聞いても、同じ回答が帰って来ました。覚えているのは、私だけです。

毎晩、私は我が子に口付けをします。まず長男に、そして長女に。その度に、長男は私を止めるのです。彼女の元へ行かないでくれと。だから私は、彼にこう言うのです。
『あなたには本当に愛すべき相手がいる』
彼はまだ理解できないようですが、いつか彼も誰かの愛情を愛す日が来るのでしょう。

月の出る夜、私は必ず夜空を思い出します。満天の星空に手を伸ばし、彼を止められるのでは、と思ってみたり。
彼の冷たい口付けでは物足りなくなってしまったけれど、それでも彼は私の初恋なのです。
私の大切な最初の愛なのです。

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