獲物

蜘蛛星

神友

「そーっと引いて、ぱっと離すの。そうして星を作るのよ。」
そう教えてくれたあの人は誰だっけ。ベランダから見上げても、屋根から見上げても、思い出せなくて。遠い遠いあの星に行けば思い出せるのかもしれない。僕はリュックを手に外へ出た。

歌声が聞こえる。あの人の声だ。童謡が流れ星になって水平線へ消えていった。月がずいぶん大きい。僕はその光を瓶に詰めてみた。明日の朝、パンに塗って食べよう。月の光は甘い甘いあの人の吐息に似ている。

あの人はそう、まるで神様みたいな人だった。

ふと気づくと、青猫が僕の後ろをついてきていた。一定の距離を保ち、それ以上近づかず遠ざからず。青猫は海の色に紛れてどこにいるのか見づらかった。仕方がないので、僕はデネブを青猫に食べさせてみる。途端に体が光り、青猫はあの人の元へ行ってしまった。なるほどと思い、ベガを食べる。金平糖のような甘みが口いっぱいに広がった、ただそれだけで終わった。アルタイルを食べても同じだった。

あの人の笑顔はあまじょっぱい。あの人の涙は味がしない。

消えてしまった大三角のために、代わりの星を作りたかった。引いて離すだけの簡単な仕草であの人はたくさんの星を作ったのに、僕は何度やっても星を作り出せなかった。早急に諦め、歩みを進める。月がずいぶん小さくなっていた。きっと誰かが食べすぎたのだろう。もしかするとあの人が食べたのかもしれない。息をする度、世界に空気があってよかったと感じる。ハリーもきっと、この感情を覚えたくて空気を奪おうとしたのだろう。結果的にハリーはそれに失敗したのだけれども。

あの人は神様だ。そう、確かに神様だった。

長い間歩いた気がする。あの星はまだ遠い。しかし遠すぎる。ふと思い立って、あの星を食べてみることにした。辿り着けないのなら体内に収めてしまえば済むのだ。一口、二口、全てを食べ終える前に気づいた。
ああ、何も味がしないじゃないか。
僕はリュックから月の光を取り出した。塗って食べても味がしなかった。月の光はとても甘いのに、それを打ち消すほどのものなのだろう。

あの人は、そうあの人は、僕の大切な

地面にリュックの中身を散らかす。土星や水星や冥王星。どれもこれも必要のないものばかりだ。それを全部水平線の向こうへ投げ捨てた。残ったのは、何も入っていないリュックと、月の光の瓶だけ。

あの人は僕の神様だ。

瓶の蓋を開け、リュックの中に流し込む。僕の涙も一緒にいれてみる。僕の涙はあまじょっぱい。僕の笑顔は味がしない。隠し味に海水を入れて、それから最後に僕を入れた。

あの人は僕の親友だ。

神様がリュックを拾った。ずいぶん美味しそうに見えたらしくて、なんのためらいもなくそれを食べた。満足した神様は星を作り直してくれた。

青猫が、屋根の上で鳴いている。

コメント

  • 起野奇跡

     神様と語り手と青い猫……とても難しい話ですが、比喩表現が多く、星空みたいに綺麗な作品だなぁと思いました。読めば、読む程、この作品を理解していき、味も濃くなってくる、そんな気がします。
     比喩表現の中で一番良かったのが、月の光をパンに塗って食べようとしていたところです。結局、味はしなかったみたいですけれど。詩と小説が混ざりこんだ小説で、面白い、と感じる人はのめりこんでくれるような、そんな小説かな、と思いました。

     駄文失礼致しました。

    0
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