獲物

蜘蛛星

四季覚障害

桜の匂いがした。桜の雨が降った。でもどこにも桜なんてない。ああ、私はあの日に取り残されてしまったんだ。それはむせ返る夏の日で、それでいて手足の凍る冬の日だった。歩く道は紅葉や銀杏で染まる。赤く桃色で青く白い空の色。

犬を拾った。それは赤く青い白犬だった。彼はとてもカラフルで、それでいて単調な犬だ。カメレオンより上手く擬態するから、私は時々彼を見失った。彼は桜の匂いがする。私はその匂いを辿る以外に彼を見つける方法を知らなかった。

犬は四季を教えてくれた。桜が咲くのが春、空がいつもより青いのが夏、歩く道が赤だけになったら秋、手足が冷えて犬に抱きつきたくなったら冬。
四季は順番にやってくる。だけど犬は相変わらず桜の匂いがする。だから私は毎日が春にしか思えなくなる。さあ、どうする?

青いソフトクリームが溶けて、口に入る頃には赤くなる。しかし地面に落としてしまうとそれは途端に姿を消す。見つけた頃には土色の水になってしまっているのだ。犬がそれを舐めようとするから、仕方なく青いソフトクリームを分けてやった。彼が尾を振るたびに桜の匂いがする。春が置き去りにされたのだろう。

赤く紅く世界が燃えていた。せめてもの水をと思ったが、残念ながら水も燃え上がってしまっている。心配するなと諭す彼すら炎に巻かれてしまっているのだ。私は逃げ場がないので、彼と共に焼かれてしまおうと決心した。抱きつくと、一瞬で春が来る。赤い彼が私の頬を舐めるのだ。

世界に色がなくなった。色が亡くなった。彼はそれを冬だと告げた。彼の目だけが黒かった。彼の鼻だけが黒かった。しかし彼の目は黒いのだ。そして目が黒い、これはとんでもない発見だ。かじかむ手を彼の腹の下に入れ、桜の匂いに包まれた私は春の訪れを感じた。

桜の雨が降った。でも彼の方がいい匂いだった。この桜はとても生臭い。犬は言った。君はとんでもない勘違いをしている。
私は犬の口を塞いだ。きっと私は間違っていないから。犬が悲しそうな目でこちらを見た。ただただ悲しそうな目でこちらを見た。


私に春が来ない。彼の目が白くなってから、彼の匂いが消えてしまった。私は彼を探すことができなくなり、今日も変わらずアイスが青い。
青一色の空をテレビが曇り空と呼んだ。
手足がじっとりと湿るのを誰かが冬と言った。
色の死んだ道を隣人が赤い絨毯と言った。
赤く燃える世界を親が桜並木と呼んだ。


私に春が来ない。
彼が帰らない限り、もう二度と。

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品