泡沫の国

工藤疾風

新たな出会い

流衣が、初めての着物にようやく慣れてきた頃。お凜に買い物を頼まれた流衣は、一人川べりを歩いていた。例のごとく、いつもの八百屋へ行ったのだが、店主は相変わらずで、また沢山の差し入れを頂いてしまった。両腕が、荷物でずっしりと重い。

少し休憩しようと荷物を置き、地面に腰を下ろす流衣。未だ、元の世界への帰り方は分からずにいる。もういっその事、ずっとこのままでもいい気がしてきた。ここはいい。将来の事、友人関係、何も悩む事が無い。流衣には沢山の悩み事があったが、この澄んだ小川を見ているとそんな事どうでも良く思えてくる。

一つため息をつき、流衣は立ち上がった。
その時。

がさり。背後で物音がし、流衣は振り返る。音の正体は少年だった。右腕を庇うように押さえ、ふらつきながら草むらから姿を現した。怪我をしているのだろうか。右腕から赤い血が流れているようにみえる。

驚く流衣の目の前で、少年は倒れ込んだ。慌てて駆け寄る流衣。

「ちょっと、大丈夫?」

彼の様子を素早く観察する。呼吸は浅く、出血は止まっていない。怪我は腕だけでなく、脇腹にも負っているようだ。顔色に血の気はなく、目を閉じている。流衣は必死で呼びかけた。

「ねえ!聞こえる!?目開けて!」

流衣の呼びかけが、少年に届いたらしい。薄く目を開ける少年。まだ、意識はある。しかし、一刻も早く手を打たなければ危険だと察した。この状況では、彼をお凜の家に一緒に連れて行くしかない。覚悟を決めた流衣は、少年を抱えて立ち上がった。

「とにかく、お凜の家に行きましょう。歩ける?」





火事場の馬鹿力とは、まさにこの事を言うのだろう。買い物の荷物で手一杯だった流衣が、今は一人の少年も連れている。自分でも、どこにこんな力があるのか不思議なくらいだ。

少年の名前は川崎悠夜。流衣は、なんとか名前だけ聞き出した。それにしても、悠夜のこの姿…白いワイシャツに、輝く金髪。耳にはピアスが光っている。普通ならば到底理解できない話だろうが、流衣には妙に納得出来た。

きっと彼も、突然この異世界に迷い込んでしまったのだ、と。

お凜の家の明かりが見えてきた。あと、もう少し。

「もう少しよ。頑張って。」

流衣は、隣で意識を失っている悠夜に声をかけた。






さて、こちらはお凜。彼女は流衣の帰りを待っていた。

「流衣、遅いな…道に迷ってるんじゃないか?」

心配になったお凜は、外の様子を伺ってみた。すると、流衣と思われる人物が、沢山の荷物を抱えて歩いてくる。

「流衣!ちゃんと帰ってこれたんだな。それにしてもなんなんだ、あの荷物は…あたしあんなに買って来いって言ったっけ?」

お凜は急いで流衣の元へ走った。

「流衣、一体どうしたんだ?」

「お凜、この人すごい怪我してるの!助けて!」

よく見ると、流衣は血だらけの少年を一人連れていた。見るからにぐったりしている。しかし…

「流衣、あんたよくそんなに荷物持って来れたな。あたしが持ってやるから、あんたはその男連れて来な。」

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