泡沫の国

工藤疾風

目覚め

小鳥の鳴き声が聞こえる…眩しい陽射しに照らされ、流衣は重い瞼を開けた。

近くで、誰かが包丁を使っている様だ。その軽やかな音が、何故か耳に心地いい。あまりの心地良さに、流衣はしばらくまどろんでいた。だが、ある事に気付き、彼女はゆっくりと体を起こした。

茅葺きの屋根に囲炉裏。囲炉裏の上にはやかんが掛けられ、勢い良く湯気を出している。

見慣れぬ朝の光景。辺りを確認した流衣は、思わずため息をついた。

「やっぱり夢じゃなかったんだ…」

出来る事なら、夢であって欲しかったが、どうもこれは現実に起こっているらしい。試しにほっぺたをつねってみる。やはり痛かった。

次に気付いた事は、自分が着ているものについてだ。

目覚める前は、制服であるセーラー服を着ていたはずだが、今は真っ白な寝間着の様なものを着ている。どうやらこの家の住人が、着替えてくれたようだ。枕元に、セーラー服が綺麗に畳まれて置かれていた。

私を助けてくれたのは、一体どんな人なのだろう。きっと、先程から襖向こうで料理をしている人物がそうなんだろうな。

気になった流衣は、そっと襖を開けてみた。こちらに背を向けている為、顔は分からない。だが女性だ。恐らく、流衣とそんなに変わらないだろう年頃の。黒髪をきりりと結い上げて、てきぱきと料理を作っている。その美味しそうな匂いを嗅いだ途端、流衣は急に空腹を感じた。

彼女も、流衣に気が付いた様で、振り返ると笑顔で声を掛けた。

「お、目が覚めたな。もう少しで出来るから、そこで待ってな。」




「あたしの名前は凛。歳は十七。気軽にお凜って呼んでくれよ。あんたの事も聞いとこうか。」

お凜は非常に簡潔的な自己紹介をした。振られた流衣も、つられて簡単な自己紹介をする。

「私は藤堂流衣。十六歳です。助けてくれてありがとうございました。」

「へえ、と…とー、どー…るいね。腹減ってるだろ、まあ食べなよ。」

目の前に並んだ、お凜の手作りの料理。一口食べた瞬間、今まで味わった事のない美味しさが身体を包み込んだ。

あまりの美味しさに、流衣の手は止まらない。ものすごい勢いで平らげていくその様子を、お凜は微笑みながら見つめていた。

「その調子なら大丈夫だな。何せ、三日も目覚めなかったんだ。本当に驚いたぜ、あんたを見つけた時は…」

流衣は、その時の様子をお凜に尋ねた。

「丁度、夕飯の支度をしていた時だった。外で物音が聞こえてな。様子を見に出たんだ。そしたら、玄関先であんたが倒れてるじゃないか。全身ずぶ濡れで、身体の芯まで冷え切ってる。直ぐに医者を呼んで、診てもらったって訳だ。」

偶然だったが、助けてくれたのが彼女で本当に良かったと思った。

「ところで…一つ質問いいか?あんた、ここらじゃ見ない顔だが、一体どこから来たんだい?着物も変わった物を着ていたな?」

流衣は困った。なんて答えればいいだろう?正直に話した方がいいだろうか?自分でも良く分かっていないのだから、下手に誤魔化さない方がいい気がする。

流衣は、ありのままを話した。気が付いたらこの近くに迷い込んでしまっていた事。どうやって戻ればいいのか分からず、困っている事。こちらの事が全然分からない事。流衣の話は、にわかには信じられない内容だっただろうが、お凜は最後まで聞いてくれた。

「そうか…今ひとつ分からないけど…とにかく流衣を信じるよ。分からない事だらけで不安だろう。帰る方法が見つかるまで、家にいればいい。」

「お凜さん、本当にありがとうございます。」

「気にするな。あたしは見ての通り一人暮らしだからな、一人増えた所で問題ないさ。この町で生き抜くのは大変だ、あたしが後で色々教えてやるよ。」

かくして、流衣とお凜の不思議な生活が幕を開けた。

コメント

コメントを書く

「その他」の人気作品

書籍化作品