【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。
在りし日の彼方(3)
「……グ……ガ……ガガ……ガアアア!」
黒の狼と化した獣は、腕を振るい相沢凛を吹き飛ばす。
彼女は地面に日本刀を突きさし、威力を半減させながら私の横を通り過ぎる。
そんな彼女を、無数の枝がやさしく受け止める。
「これって……」
「――さて、主よ。妾が手助けできるのは、ここまでじゃ。あとは――、主の行動次第で結末は決まると心得よ」
そう声が聞こえた途端、私の目の前に光りと共に狂乱の神霊樹さんが姿を現すと狂乱さんが無数の蔓を黒の獣に放つ。
黒の獣は、殺到する蔓を強靭な腕を振るい破壊していくけど……、貫かれた胸からはどす黒い液体が流れ続けていき――、それに呼応するかのように動きが鈍くなっていく。
そして、とうとう凛が貫いた胸に幾つもの蔓が突き刺さる。
「イレイザー!」
天を仰ぐ狂乱さん。
それと同時に、天から白い粒子を纏う光が音もなく降ってくると黒の獣を包み込み、獣は絶叫し――、目の前で爆散した。
周囲には黒い霧が漂い――、それらは天から降り注ぐ光の粒子と絡み合い形を成していく。
その形は徐々に大きくなっていき人の姿へと形を変える。
「これって……」
「その女が持っていた刀の特性だろうな。どうやら浄化の力を持つらしい」
「浄化って……。――でも、何で?」
私は、狂乱の神霊樹に聞き返す。
無数の光は、無数の人の形を作り、光りが消えたあとに残るのは大勢の人々。
胸が上下している事から、生きているのは確認できるけど……。
「さて――、主よ。まぁ代理であったが楽しめたぞ。我がマスターよ」
「え?」
よく見れば狂乱の神霊樹さんの姿が、色あせ透明になっていく。
「ほら。マスターの思い人も元の姿を取り戻したようじゃ」
指差す方向には、黒の獣から元の人の姿へと戻った山岸直人さんの姿があった。
彼は、ゆっくりと地面に向かって倒れ込んでいく。
「先輩!」
私は残された魔力で身体を強化し、床の上に無防備に倒れようとしていた山岸先輩を抱きしめる。
彼の心臓の鼓動が――、体温が伝わってくる。
生きているというのが分かって、涙が出てくる。
「先輩が元に戻りました!」
「それは、良かった。さて、妾は御役御免のようだ」
「お役御免って……」
「さっきも言ったであろう? 楽しめたと……。佐々木望よ、汝は本来であれば妾の本来の主ではなかったが、汝の生き様しかと見届けた。これから、想像を絶する困難が待ち受けていると思うが、我がマスターたる汝であるのなら、困難を克服することは出来るであろう」
「でも、それって……鏡花さんや狂乱の神霊樹さんが居てくれたから……」
「…………何を弱気な事を言っておる。太古の神たる神霊樹が認めておるのだぞ。我がマスターであるなら、胸を張るとよい」
もう殆ど消えかけ、周囲の暗闇と同化しつつある狂乱の神霊樹がそう告げてくる。
「うん」
もう消えることは確定何だろうと言う事は、その様子から分かった。
理解出来てしまった。
だから……、引き止めてはいけないと分かってしまった。
「今までありがとう。狂乱の神霊樹さん」
「うむ。――では、我がマスターである汝に、妾が神名を告げよう。妾の神名はユグドラシル。妾の力の全ての汝に渡そう」
「ユグドラシルって……」
その名前は私も聞いたことがある。
北欧神話において、世界を支えていたされる大樹の名前。
そんな彼女が笑顔で笑うと私に向けて、黄金色に輝く玉を送ってくる。
私は、それを黙って受け止めた。
「どうやら、妾の力を受け止めるにたる器は手に入れていたようじゃな。ではさらばだ。我がマスターよ」
そして、私の目の前で神霊樹ユグドラシルさんは、黄金色の粒子と共に姿を消した。
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