【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。

なつめ猫

人類の罪過(1)佐々木望side



「呪われ……た?」
「ええっ――、貴女も……」

 鏡花さんは、視線を上落ち神社の方へと向ける。

「見たでしょう? 贖罪の迷宮の有様を」
「見ましたけど……、それが何の意味が……」
「見てきたのに分からないの? 見てきたのに理解できないの?」
「――え?」
「どうして、佐々木望が神代文明時代に書かれた文字が読めたと思う? どうして、それを当然のように周りは何の疑念も無く受け入れていたと思う? そういう古い家系だからという理由だけで、何千年前もの文献を読み解けると……本当に……そう思う?」

 彼女は肩を竦めると、「こうなる事は、決まっていたの」と、呟く。

「何を言って……」
「村が崩壊したことも、佐々木望達が呼び寄せられた事も、全てが最初から仕組まれていたことなの」
「最初から仕組まれて……いた?」
「ええ、そうよ。こうなる事は、ずっと前から分かっていたこと。だけど、誰も気が付くことは無かった。何故なら、人は盟約を忘れてしまったから。契約を忘れてしまったから。だから、終わってしまった」
「終わって……?」

 言葉を返したと同時に、周囲の光景が唐突に切り替わる。
 そこは伊東市であり、先輩が入院していた病院の前であった。

 周辺には夥しい程の人非ざる存在の死体の山が築かれていた。
 そして、それと同じくらい自衛隊の死体の山も――。

「早く誘導を!」

 唐突に聞こえる男の声。
 視線を向けると、病室に置かれていたであろうベッドが、自衛隊員の手によりヘリコプターに乗せられるところであった。

「先輩っ!?」

 そのベッドに括りつけられるようにして、寝ていたのは山岸先輩そのものであった。

「早く助けにいかないと!」
「無駄よ」

 私の気持ちを否定するかのように、山岸鏡花さんが言葉を紡ぐ。

「分かっています! ――でも!」
「だから無理」

 何故か分からない。
 だけど、先輩を連れて行かれたら大変な事になるのだけは直感で分かった。
 私は、走る。
 そして――、ベッドまであと数メートルと言ったところまで来て手を伸ばしたところで、私の手はベッドだけでなく、身体自体! 自衛隊員の体をすり抜けた。

「――え?」

 何が起きたのか分からない。
 さっきまでは、普通に触れる事が出来たと言うのに!

「――ど、どうして!?」
「決まっているわ。だって――、この世界の貴女の体は贖罪の迷宮の中に居るのだから……、ここには居ないの。だから干渉は出来ないわ」
「――なら! 鏡花さんなら」
「私は、もう死んでいるから……彼岸に身を置いているから干渉する事もできないの。だから――、こういう状況になるまで……観察者の立場になるまで私は貴女と話す事は出来なかった」
「そんな……。なら! どうして、私達は! ここに居るんですか! 先輩を助けに来たんじゃないんですか!」
「そうね……。でも、起きてしまった事象は変えることは出来ないわ。それが、世界の理だもの。歴史は――、時間は――、時は――、一方通行だけ。だから何も変えることは出来ない。ただ見るだけ……、何が起きたのかを」
「――ッ!?」

 私と鏡花さんが見ている前で、ベッドを収容した自衛隊のヘリコプターは上空へと飛び立つ。
 あとに残るのは死臭漂う場所のみ。

「これが……、こんなのが……本当に起きたことなんですか!?」
「ええ、そうよ。そして――、ここからが本当の地獄――、本当の贖罪はここからなの」

 彼女は、目を伏せて呟く。
 その声色には、何の抑揚も含まれていない。
 まるで、これから起きることは絶望しかないと――、希望なんて何も存在しないと――、そう告げるかのように。





「【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「現代アクション」の人気作品

コメント

コメントを書く