【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。
黄泉平坂(2)佐々木望side
「どうして……、あなたが……」
「どうしてとは、ずいぶんな言い草ね」
彼女は、セーラー服を着たまま肩を竦めると、それに合わせたようにポニテ―ルが揺れる。
「――で、でも! ここって死んだあとの世界じゃ……」
「そうね。正確には入口と言う事ね」
「入口……」
「ええ。ここは黄泉平坂という言葉は聞いたことがあるかしら?」
「死者の国?」
「違うわ。黄泉平坂は、生きている人々の世界と、死者達の世界の境界。そこに、貴女はいるの」
「――それなら私は死んでいるんじゃ……」
やっぱり私はもう……。
自分が死んでいると言う事を第三者に言われたことで絶望しかける。
「あなたは供物として捧げられたの。だから――、正確には死んでいるけど死んでない。そして――、貴女が住まう世界は、そういう世界なの」
「――え?」
彼女は意図して何かを隠しているように話しているように感じてしまう。
何故なら、まるで私達が住んでいた世界は何かおかしな法則があるような語り方を彼女はしてくるから。
「どういうことですか? 私は、死んでいないのですか?」
「いいえ、肉体は滅んでしまっているわね」
「――なら……」
戻る場所――、その器が無いのなら目を覚ますことは無いのでは? と、心の中で思ってしまう。
だけど、彼女が言う分には私は死んでいるけど死んでない。
まるで訳が分からない。
それは、まるで謎かけで――。
「もう、いまさら足掻いても無理なんじゃないですか?」
「そうね。そういう諦めた気持ちなら仕方ないわね」
「――ッ!」
一々、癪に障る言い方をしてくる。
「……それなら、私が生き返る術があると言う事ですか?」
「そうね」
私の一縷の望みをかけた言葉を彼女は呆気らかんと肯定してくる。
それは生き返るのが当たり前のような態度。
「時間がないの……」
私が、生き返る為の希望を見出したところで彼女は呟く。
「それは私が生き返るまでのタイムリミットが? ――と、言う事でしょうか?」
「いいえ」
アッサリと否定してくる。
「兄に残された時間がないの」
「――え? どういうことですか? まさか……」
私は、木魅のことを思い出し恐怖からか身体を強張らせるけど……。
「その考えは杞憂よ? 木魅程度の妖怪変化程度、消去者(イレイザー)の力を持つ兄なら、どうとでもない相手だから」
「消去者?」
彼女は頷くけど、言葉では語らず手を振るう。
すると私の視界には金色のテンプレートが開くと同時に、映像も流れる。
そこには5メートルを超える巨大な漆黒の獣が四肢で立っていた。
「ここって……私が居た場所?」
「そうね。星の迷宮の一つ――、その最下層になるわ」
「星の迷宮?」
「人間がダンジョンと命名した場所のことよ? 星のダンジョンは文字通り星からのレイラインを吸収して作られているの」
「レイライン……」
「本当に、何も知らないのね……。元の世界の佐々木望なら、知っていたはずなのに……、本来なら、存在するはずのない人間だからかしら?」
「――え? 元の世界? どういうことですか? 私が、存在するはずのない人間って!?」
「佐々木望、貴女には酷な事を伝えるけど、本来――、この世界には貴女は存在していないはずだったの。だって――、すでに同じ存在が居るのだから」
「それって……」
「まぁいいわ。それよりも本題に入りましょう」
彼女は、私のことには興味もないとばかりに口を開く。
「私からお願いしたい事は、一つだけ。兄を元の姿に戻すのを手伝ってもらいたいの」
「兄? 元の姿?」
私は、思わずテンプレートの中に表示されている漆黒の獣を見る。
「これが……先輩……?」
「ええ、そうよ。ツクヨミ――、月読の力の一部で神化した獣……ラグナウルフ。それを何とかしてもらいたいの」
「鏡花さんは、そこまで知っているのでしたら、鏡花さんが何とか出来るんじゃないんですか?」
「それは無理」
即否定してくる。
「――だって、私の元の身体は生贄として使われて存在していないから。今世には干渉はできないわ」
「なら、私だって肉体は……」
「肉体の構成素子ベクトルが異なるから、それは大丈夫。それに、人間の器を構築するのは、それほど難しい事ではないから」
「……でも……、私が何とかできるようには――」
視界内に表示されている獣は、圧倒的な存在感と――、それに伴う根源的な恐怖心を掻き立てるかのような姿をしている。
とても私が何とかできる状態でないことは直感で分かる。
「このままだと、兄の存在は消滅してしまうわ。それは兄が求めていた本当の願いからは剥離した物になってしまうの。だから……兄と繋がりがある貴女にお願いをしたいの」
そこで彼女は口を閉じると小さく溜息をつく。
「本当は、貴女に兄を近づけたくなかったわ。――でも、今回はダンジョン攻略をした貴女と兄のレイラインが繋がっている事は奇跡の采配とも言えるの。だから――、兄を助けるために……正気を取り戻させる為に力を貸してほしいの」
「それは、山岸先輩を助けるという事ですか?」
「ええ――、そう解釈してもらって構わないわ」
先輩を助けるという目的。
その為に、私に接触してきたという彼女――、山岸鏡花。
正直、私を利用する気なのは明らか。
……だけど……、先輩が消滅するのは絶対に嫌! 私が――、私自身が、自分自身が、死んだと自覚した時よりも、ずっとショックが大きい、
助けられるなら助けたい。
「私は、ずっと先輩に助けてもらっていました。だから――、今度は! 私が!」
「そう……。先輩か……。この世界でも……」
「――え?」
最後の方の言葉は聞き取る事が出来なかった。
でも、何か寂しそうに呟いたのは分かる。
「何でもないわ。それじゃ――、力を貸してもらおうかしら?」
彼女は、手のひらを私の方へと向けてきた。
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