【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。

なつめ猫

生贄の祭壇(1)第三者side




 ――時間は少し遡り、

 場所は、鳩羽村の中心部から少し離れた場所にある山間の中の旅館『捧木』。
 そのフロントでは、新人の中居達が、忙しなく仕事をしていた。

「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 数人の中居が頭を下げつつ宿泊客を送りだす様子が見てとれ――、その中でも一人だけ異なる着物を着ている女性が居た。

「若女将」

 宿泊客を送り出したあと、一人の40代後半の中居が、声をかける。

「どうかしたの?」

 答えたのは、全体的に淡い桃色の生地に白い花飛柄が描かれている着物を着付けている女性である佐々木望であった。

「今日は、これからどうしましょうか?」
「そうね。新人が多くいるから、まずは、旅館の決まりについては、後日に教えることにするから、基本的なことを教えてもらえるかしら?」
「分かりました。それでは、立ち振る舞いにお客様との会話で宜しいでしょうか?」
「ええ。お願いするわね」

 佐々木望が話しているのは、中居歴が20年以上もあるその道のプロであり、他の旅館からヘッドハンティングしてきた女性でもあった。
 本来は、佐々木が教育係りとして中居の仕事を教えるのが筋であったが、現在の旅館『捧木』には、ダンジョン内から産出される中でも最上位のアイテムが展示されており、尚且つ――、それらを自由に使うことが出来ることもあり、彼女は主にアイテムの管理をするのが仕事となっている。

 何かあった場合には、レベルが8000を超えている彼女が一番の戦力と言う事で、日本政府のみならず宿泊客からも認識されている事から、彼女が旅館から無暗に移動する事が出来ないのは仕方ないことであったが――。

「はぁ……」

 山岸直人が、置いていったアイテムが保管されている部屋。
 室内には、時価総額数百億は下らないというダンジョンアイテムが無造作に置かれている。
 そして――、それらを宿泊客は試しに身に付けて効果を実感していた。
 それらを壁際に背中を預け――、小さく溜息をつきながら佐々木望は見ると――、

「私……、こんなところまで来て何をしているのかな……」

 本来であるなら、彼女が好意を寄せている山岸直人と二人でゆっくりとするはずであったが――、それらは山岸直人が手配した旅館『捧木』のテコ入れで駄目になってしまっていた。

「お父さんの残した旅館が繁盛するのはいいけど……、でも……、私は――」

 彼女の表情は寂しげに誰からも見えたが、当の本人は気が付くことはない。
 
「望(のぞみ)」

 壁際の花と化していた佐々木望に話しかけたのは、母親である佐々木(ささき)香苗(かなえ)であった。

「お母さん? 会計の方は終わったの?」
「その辺は会計士を雇ってくれたから」
「それって、先輩が?」
「ううん。桂木香さんが手配をしてくれたの」
「そう……」

 桂木(かつらぎ)香(かおり)。
 元々は、派遣会社クリスタルグループの社長の娘であり、現在は名前だけは代表取締役である山岸直人の社長代理をしている女性でもある。

 そして、佐々木にとっては因縁浅からぬ相手。

「やっぱり苦手?」
「うん……。だって、先輩を一度は騙したって聞いたから……」
「それでも人材を確保してくれているのだから」
「分かっているけど……」

 母親の言葉に、複雑そうな表情を浮かべる佐々木望。

「本当に山岸さんが好きなのね」
「だって――、先輩は命をかけて私を何度も守ってくれたから。それに、お父さんの旅館の立て直しも……」
「そうね。でも、彼は貴女に貴重なアイテムの管理を任せてくれたんでしょう?」
「そうだけど……。せっかく、一緒に来たのに……」

 佐々木望の胸中としては、山岸直人とせっかく二人きりになれたのに……という思いがあった。
 それは一緒に居たいと思う内情の現れであったが、それを直接――口にすることは彼女は出来ない。
 何故なら、佐々木家の確執に巻き込んでしまったという罪悪感があったからであった。 




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