【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。

なつめ猫

撤退戦(19)




 早く地上へ出ることを本当は優先したかったが、まずは相沢を何とかしなければならない。
 別に、俺の正体がバレようがどうでもいいが……、それよりも問題は――。

「相沢」
「…………」

 刀を柄を両手で持ちながら壁に身体を預けたまま項垂れるようにして下を向いている相沢の表情を伺い知ることはできない。
 何を思って――、それよりも何を考えているのかすら俺には分からないが……。
 相沢からの反応を待っている間に、1階層まで連れてきた生存者は俺と相沢を抜かして全員が階段を上がって行き、俺と相沢二人きりになる。

「……私、戦えませんでした……」

 ポツリと――、小さく独り言のように――、独白するかのように呟く言葉には抑揚は無く力も篭っていない。
 それでもダンジョン内という静寂が支配する場所において、彼女が発した吐息のような言葉は何よりも強く俺の耳に届いた。

「そうか……」

 恐怖から戦えなくなるというのは仕方ない。
 それは本能から来るものだ。
 どんなに強く鍛えても心が折れれば戦うことなんて出来る訳がない。
 
「私……、あんなに――、決めたのに……、彼を助けるって! 探すって! 決意したのに!」

 俯いていた顔を上げた相沢の表情は眉間に皺を寄せながら涙を零している姿であった。
 俺は無言のまま相沢の頭に手を置く。
 出来ない時は、どうしても出来ないものだ。
 相沢の反骨精神を煽ってみたが結果は無残なもの。
 だが、出来ないと言う事は次に繋げることが出来るということ。
 俺が、一々言う必要もない。
 
「山岸さんは、怖くないんですか?」
「何がだ?」
「モンスターと戦う事がです!」
「どうだろうな」

 そもそも俺が最初に戦ったのは対人戦だ。
 それはモンスターでも何でもない。
 同じ人間同士の命のやり取り。
 それと比べればモンスターとの殺し合いなんて大した問題でもない。

 ――いや、違うな……。

 相沢の質問に自問自答しながらも俺は、自分自身に問いかける。
 そもそも、俺は対人戦の時も何も感じる事はなかった。
 
「俺の最初に戦った時は人間同士の殺し合いだ」
「――え?」

 相沢は予想もしていなかったのだろう。
 俺の答えに目を大きく見開く。
 詳しくは説明する必要はない。

「目の前で、知らない誰かが――、言葉を交わした誰かが殺される場面に遭遇した。だから、助ける為に戦った。それだけだ」
「そ、それって……」
「戦う理由なんてものは人それぞれだ。自分の為だけに戦うなら別にそれでもいい。だが――、相沢! お前は、旦那を探す為にダンジョンに潜ることを決めたんだろう? その結果、戦えなくなるのなら別にいいだろう。だが――、お前が諦めると言う事は、救いたいと思っていた思い人すら切り捨てると言う事だ」
「……わ、私は切り捨てるなんて思って……」
「結果が全てだ。お前が諦めるのなら、それまでだ。別に諦めることを悪いとは思わないが、諦めた結果――、お前は、その結果に責任を持ち――、その結果を認めることができるのか?」
「それは……」

 目の前の……、相沢という女性がどうして気になっていたのかようやく分かった気がする。
 彼女は、少し前の自分だからだ。
 大切な者を失い空虚に生きてきた――、憎しみと後悔を心の中に抱きながらもどうしようもなかった過去の自分。
 自分が有り得たかも知れない未来の自分だったからだ。

 ――そう……。

 俺が戦っている――、いや……誰かを助ける為に戦う理由は一つだけだ。

「失った結果、得た物は後悔だけだ。それを許容できるかどうかは自らの生き様に他ならない。自分が選択した現実を認めることが出来るのなら、戦わない――、何も求めない――、失ったものを取り戻さないという道もいいかも知れないな……」
「わ、私は……」

 呆然と呟く彼女。

「まずはダンジョンから出てしばらくは普通の生活を送った方がいい。色々とあって疲れたと思うからな」
「……山岸さんは……、山岸さんはどうするおつもりですか?」
「さあな」

 肩を竦めながら溜息をつく。
 正直、日本ダンジョン探索者協会と自衛隊、そして日本国政府が今後、ダンジョンをどうするのか想像もつかない。

 それにユーラシア大陸では中国とレムリア帝国が戦争状態に突入したと聞いている。
 
「相沢、自分自身が戦う理由を――、本当の意味を知るまでは戦いはしない方がいい。少なくともな――」

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