【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。
郷土料理
鳩羽村交通の社長である光方と話を終えてから、街中を通る。
商店街は軒並み閉まっているが――、代わりに風俗街が大盛況のようだ。
煌々とした赤やオレンジに紫と言ったネオンが目に眩しい事この上ない。
「それにしても……」
時間としては深夜0時に近いというのにずいぶんと人通りが多い。
しかも若者ばかり。
一応、スキル「神眼」で確認してみるが、大半は探索者で20代前後の男が占めているのが分かる。
「お兄さん! いい娘いるよ!」
「急いでいるので」
風俗街の雰囲気が嫌いな俺は、男性客を捕まえようと必死に営業をかけている呼び込みをスルーしながら町の中を歩く。
「こんなことなら多少は遠回りになっても山の中を走った方が良かったかも知れないな」
一人ごとのごとく小さく呟きながら、いい匂いを嗅ぎ取る。
匂いの元へと視線を向けると、どうやら小料理屋のようで――。
「そういえば、今日は何も食べていないな」
夕食の用意をしていると聞いていたが、もう日付も変わる時間帯だろし――、余計な手間は掛けさせない方がいいだろう。
横にスライドする戸を開けて中に入る。
「いらっしゃいませ」
20歳前後の女性が、溌剌な笑顔を向けてくると、「カウンターにされますか? それとも座敷にされますか?」と、聞いてくる。
「カウンターで」
一人の為に座敷を利用するのもアレだろう。
カウンターの座る場所は特に指定はされなかったので適当に座る。
まぁ、適当と言っても端を選んだわけだが――。
「こちらがメニューになります」
渡された御品書きに目を通していく。
「この僧兵鍋というのは何ですか?」
「昔に僧兵達が食べていたと滋養強壮料理になります。使われている具材は、主にイノシシやシカなどのジビエが多いです」
「なるほど……。それでは、僧兵鍋というのをお願いできますか?」
「お味の方は豚骨か味噌がありますが――」
「味噌でお願いします。あと飲み物は……」
ソフトドリンクでいいか……。
「今日は、いいお酒が入っています。鍋に良く合うお酒となっています」
「…………それでは、それをお願いできますか?」
「ご注文は他には――?」
「このてこね寿司というのは?」
「漁師発祥の手でこねて作るお寿司になります」
「ふむ……」
そんなお寿司聞いたことないな。
まぁ、ここはせっかく三重県に来たんだし――、牛丼も食べられていないから珍しい物を口にするのも悪くないかも知れない。
「それでは、このてこね寿司とサンマの丸干しの焼いたのを頂けますか?」
「畏まりました」
注文が終わり、待つこと10分弱――。
最初に目の前に置かれたのはサンマの丸干しを焼いたモノ。
まずはレモンをかける。
そしてサンマの身を解す。
最後に、擦り下ろされた大根に醤油を垂らしサンマの身と一緒に食べる。
「うまい」
魚を焼いたモノを食べたことなど何年ぶりだろうか?
やはり歳を経ると牛丼と魚がおいしく感じられるな!
「お客様、お注ぎします」
深みのある茶色の器に、日本酒が注がれていく。
そして一飲みする。
キリッと味を引き締める要素はあるが――、喉越しがとても爽やかでいて魚の味を一瞬で洗い流していく。
「ずいぶんと美味しいお酒ですね」
「はい。日本酒のシーズンは今ですから」
「そうなんですか?」
「日本酒は11月から3月にかけてが新酒のシーズンとされていますので」
「なるほど……」
普段から、お酒と言えば梅酒とかビールくらいを一か月に一回飲めばいいくらいだったからな。
それに、今日は日本酒を何となく気分で頼んでみたが基本的に日本酒は後味が苦いというイメージがあった。
それが――、この日本酒はどうだろう。
地酒らしいが、相当美味しい。
やはり何事にも季節というのがあるのかも知れないな。
まぁ牛丼は24時間年中無休だから、牛丼が至高なのは譲れないが!
そのあと出された僧兵鍋を食し日本酒を飲み――、そして寿司を食べ日本酒を飲み続けた。
――だが、俺は「アルコール耐性LV10」をONにするのを忘れていた。
「痛っ」
額を抑えながら、明るい眼差しの中――、何度も瞼を瞬かせながら体を起こす。
すると布団が落ちる。
「…………ここは、どこだ?」
見た事がない天井。
見た事がない部屋――。
辛うじて部屋の中を見渡して分かるのは、部屋の中にはクマや犬のぬいぐるみがたくさん置かれているという事くらいだ。
どう見ても男の部屋には見えない。
男の部屋でカーテンがピンクだったら逆に大問題だ。
「旅館『捧木』の部屋じゃないよな……」
明らかに間取りが旅館のそれとは異なっている。
「ダメだ。飲みすぎて何も覚えていない……」
調子に乗って日本酒を飲みすぎた。
まさか、意識が無くなるまで飲むとは――。
――コンコン
「失礼します。あっ! 目を覚まされたんですね」
部屋に入ってきたのは、どこかで見た事がある20代前半の女性であった。
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