【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。
交渉事と宣戦布告(3)
「ほう……」
目を細めてくる老人は興味深そうに俺を見てくるが――、俺としてはさっさと交渉事を纏めて帰らせてもらいたい。
「それで、俺を呼んだ理由とやらを教えてもらおうか?」
「山岸様、こちらの方は……」
萬という男が、さすがに俺の言い方に苛立ちを覚えたのか近づいてきようとするが、「よいよい。このくらい面白みがあった方が儂の方としても楽しめるというものだ」と、佐々木雄三の言葉に足を止める。
「それは、どうも。――で、理由くらいは聞かせてもらえるんだろうな?」
「くくくっ」
「何かおかしな事でも言ったか?」
「――いや、この状況下で、それだけの口調で話せる度胸があることが面白く感じたのでな……、さて――、客人を立たせておくだけというのはあれだな。萬」
「わかりました。山岸様、こちらへ――」
案内された部屋は、茶室。
広さとしては、畳20畳――、10坪程度の広さ。
先に室内に通されていた俺は、畳の上で待たされていたが――、しばらくして老人が部屋に入ってくる。
老人と言っても見た目は60歳前後と言ったところだろう。
とてもではないが年齢865歳には見えない。
「――さて、客人。儂の名は佐々木 雄三と言う」
「山岸直人だ。そちらの部下、萬からの招待で来たんだが?」
「うむ。君が来ている事は、部下から報告を受けていた。千葉東警察署で大立ち回りし市民を救った英雄だと聞いている」
「そうか……、――で、その俺に何の用だ?」
「そうさな」
老人は、湯飲みを取り出すと茶を点て始める。
「手を引くという事はどうかね?」
「手を引く?」
「儂は、一人で――、しかもレベル1で、ここまで乗り込んできた主を多少は気にいった。普通ならば、一人では絶対に乗り込んでは来まい。少なくともダンジョン攻略者の孫を一緒に連れてくることくらいはしたはず……」
「生憎、俺は佐々木に保護されたいとは思っていないからな」
「愉快! お主も、日本ダンジョン探索者協会が行っている研修や、ダンジョンツアーに参加をしたのだろう? そこでレベルが――、魔法が――、どれだけ常軌を逸しているのか理解しているはずだ」
「そうだな」
たしかに魔法なんて超常現象の塊を見せられれば普通の人間は委縮してしまうだろう。
「お主は、先ほど儂が魔法を使ったと言ったが、魔法というのはレベル500に到達しなければ覚えない物なのだ。そして――、魔法の発現や種類には本人の特性が大きく反映される。つまりだ――」
「そういうのはいい。俺を呼んだ本当の理由を聞かせろ」
あまりグダグダと無駄な話をするのは俺の好みではない。
「いやはや――。まだ40歳……、いや、もう40歳と言ったところか。自分の置かれた状況が理解出来ないとは少し無鉄砲が過ぎるのではないのか?」
「それは、あんたには関係のないことだ。それよりも――」
「――ん?」
「松阪牛を使った牛丼を特産物として使わないと聞いたが本当なのか?」
「牛丼? ああ、あの低俗な――、庶民の食べ物か。あのような物を作るのに松阪牛を使うなど侮蔑もいい所だからな。主も、競馬で数億稼いでいるのだろう?」
競馬で稼いでいる事まで知られているとは考えてはいなかったが、俺が予測していたよりも情報を集めていると言う事か?
どこまで俺の情報を持っているか知らないが――、
「山岸直人君。君に忠告しよう。君も億万長者なのだから、低俗な食生活は体を壊すことに他ならない」
確定だ! 此奴は、俺の敵認定!
「そうか……」
俺は一呼吸おく。
「――では、忠告をもらったついでに頼みがあるんだが――」
「頼み?」
「ああ、簡単なことだ。旅館『捧木』を俺に譲ってくれないか?」
俺の言葉に、雄三の眼が細くなる。
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