【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。

なつめ猫

ロシア大使館からの書簡




 しばらく時間が経ち……。

「山岸先輩」
「――話は終わったのか?」

 車に体を預けていたところで、佐々木が近くまで駆け寄ってきた。

「はい。それで、話がしたいと――」
「ふむ」

 俺がチラッと、ロシア外交官の方へと視線を向けると、途端に体を鍛えているであろう大男が体を震わせ始める。

 そんな様子を見て俺は溜息をつく。

「佐々木、一緒に来てくれ。俺、一人だけだと話になりそうにもない」
「そのつもりです。先輩、少しは加減しないとダメですよ」
「そうだな。余計な時間を費やすのは効率的に見ても問題があることは分かった」
「もう、そういう事じゃないのに……」

 後ろから付いてくる佐々木が小さく呟いているが、俺の関係者に危害を加えてきた連中に手心を加えるつもりなぞ毛頭ない。
 むしろ、外交官ナンバーの車を一台潰しても安いくらいだ。

 俺のことを座ったまま見上げてきている男を見下ろす。

「ミカエロフ・チェスター、ロシア大使館職員、一等書記官の貴様は何の目的で俺達の車を追走してきた?」
「――!? わ、私の名前を知って……」

 ずいぶんと流暢な日本語で答えてきたな。
 まぁ、それはどうでもいい。

「俺の質問に答えろ。貴様は、どうして俺達の後を追って来た?」
「それは……」

 ミカエロフは、震える手で懐に手を入れる。

「山岸先輩!」
「慌てるな。こいつも俺に拳銃が無意味な事くらいは察しているはずだ」
「カリフ大使からの手紙を預かってきました」
「ふむ」

 俺は差し出された手紙を受けとる。
 そして便箋に書かれた文字――、日本語に目を走らせていく。

「先輩、何て書いてあったのですか?」
「簡単に言うなら俺に大使が会いたいらしい。その際に、車を襲撃した謝罪と金銭的賠償をしたいと書いてあるな」
 
 俺は、便箋を佐々木に渡す。

「ロシア大使館に行くのですか?」
「とりあえずは行く。貰えるものは貰っておきたいからな」
「ミカエロフ」
「はい!」
「つまり、お前は俺達の手紙を届けにきただけということか?」
「そうです。本来でしたらアパートの方に伺う予定でした。ただ――、アメリカの特殊部隊が居て近づけませんでした。その為に、このような……」
「なるほど……。理由は理解した」

 まったく、それなら最初からクラクションとか鳴らせばよかったものを――。
 
「手紙を受け取ったことはカリフ大使に伝えておいてくれ。大使館に向かうのは2週間ほど後になるが構わないか?」
「はい! ぜひ!」
「あと、車が壊れて歩きで帰ることになったが問題ないよな?」
「それ……、先輩が壊したんじゃ……」
「不幸な行き違いという奴だな。そもそも最初にロシアが手を出してきたのが悪い」
「佐々木様、大丈夫です。ここからなら3時間も歩けば松阪市に戻れますので――、それに携帯電話も持っていますので……」
「なるほど……」

 なら、何も問題はないな。

「佐々木、鳩羽村に向けて急ぐぞ」
「わかりました。ミカエロフさん、寒空の中ですけど気を付けてくださいね」
「佐々木様、ありがとうございます」

 ミカエロフを置き去りにしたまま、車に乗り込んだあとは30分ほどで山間の集落を眼下に一望できる峠まで差し掛かった。 

「山岸先輩、あれが鳩羽村です」
「どれ――」

 相原が運転する車は峠をゆっくりと降りていく。
 その間に木々の隙間から見える街並み。
 人口は多くないと佐々木から聞いていたが、通りを歩いている人影は思ったよりもずっと多い。

 
 

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