【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。

なつめ猫

佐々木望(3)




「ダンジョン講習会から、ずいぶんと私達の立ち位置が変わりましたよね……」

 私は、横で寝ている彼――、山岸直人さんに聞こえないように小さく言葉を紡ぐ。
 きっと……、今の私が酷い顔をしていると思うから。
 過去を思い出して自己嫌悪で酷い表情だと思うから。

「直人さん、貴方は私を最初に助けてくれた時の事を覚えていますか?」

 私は、初めて助けてもらった日の事をよく覚えている。
 実家のこともあって誰にも助けを求めることも出来ず親しい友人も出来なかった。  
 だから、彼から――、西貝一から逃げた時に私が頼れる相手は誰もいなかった……。

 ――でも……、気が付けば無意識の内に山岸直人さんの部屋の前に来ていた。

 何か考えがあったわけではない。
 だけど……、私には彼しか頼れる相手がいなかった。
 何故なら警察は信用できなかったから。

 でも……、本当に偶然だったと思う。
 山岸直人さんが帰宅して私を見つけてくれたのは……。
 彼に、私が佐々木望だと言う事を伝えたら、最初は疑っていた。
 それは当然だと思う。
 だって、性別が変わるような薬なんて、実際に目の前で見せられないと納得なんて出来ない。

 ――でも、山岸直人さんは――、私の言葉を信じてくれた。
  
 そして、彼は窓ガラスが割られたあと、「佐々木は、そこに居ろ。ここからは、俺の喧嘩だ! 俺の大事な物を傷つけたことは万死に値する! それに俺様の家の窓ガラスを割ったんだから正当防衛は十分に成立する」と激情を露わにしてくれた。

 それは、ガラスが割れた時に下手をすると私がガラスで怪我をしていたかも知れないと思ったから出た言葉だと思う。
 最初は、多勢に無勢だったから彼を止めようとした……、だけど――、彼は私が傷つけられていた事にすごく怒っていた。
 だから、私は彼を止める事を躊躇してしまっていて――、彼が西貝一のグループと殴り合いをするのを見ている事しかできなかった。
 そんな彼の姿を見て私は誰かに救われたと実感してしまって自然と溢れてくる涙を止めることはできなかった。
 たとえ後輩としか見られていなかったとしても――。
 私は、それでいいと思っていたけど……、そんな私の願いは無残にも踏みにじられてしまうことになる。

 ――やっぱり運命はそんなに簡単ではなく、私を救ってくれた彼は警察に連行されたから。
 それから、すぐに警察署で事件が起きた。
 彼は西貝警視が殺そうとした市民を助けて重傷を負った。

 ――そう、西貝警視は山岸直人さんを殺すための正当な理由として殺人犯にしようとしたのだ。
 その為に犠牲になりかけていた母子。
 それを山岸直人さんは救った。

 本当に彼はヒーローのようで……、私から見たらすごく眩しく輝いていて――、だからこそ私も一歩踏み出そうとして実家からの圧力が殆ど発生しない日本ダンジョン探索者協会の職員として、採用してもらった。

 病院では、私を救ってくれた人が入院しているとお母さんに伝えていた事もあり、すぐに鳩羽村からお母さんが駆けつけてきてくれた。
 最初、電話した時に口調からお母さんも気が付いていた。

 ――だけど、私が女性に戻っている事を目の前で見ると涙を流しながら抱きしめて「ごめんね」と、涙声で語り掛けてきた。
 そして私を助けてくれた山岸さんを見た。

「ねえ? 望(のぞみ)は、彼の事が好きなの?」

 そう呟いてきたお母さんの言葉に私は――、何も言えなかったけど……、そんな私を見てお母さんは目を覚ました山岸さんにアピールをしていた。
 
 それは婿になりませんか? というモノで……。

 私は、それを止めることは出来たけど……。
 もしかしたら? と、言う淡い期待もあったから止めることはしなかった。

 それからしばらくして……。

 私は思った。
 彼はヒーローなのかもしれない。
 だけど、何の力もない人。
 これから本家に圧力を掛けられる山岸直人さんを支える為に力を必要とした。

 だから私は……、日本ダンジョン探索者協会で、修練を積み短い期間で日本ダンジョン探索者ツアーを先導出来るまで力をつけることが出来た……。

 そう……、力をつけたと思っていた。
 レムリア帝国の軍人に殺されかけるまでは――。




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