【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。
幕間9 常世ノ皇ノ王
――レムリア帝国の王城内。
どこまでも地下へと通じる階段を二人の男女は降りていた。
「緊急招集なんて珍しい事もあるものだな」
「……」
一人は、四聖魔刃の一人クーシャン・ベルニカであった。
今は赤い軍服を身に纏い腰には1メートルほどの剣も帯びている
そんな男の一歩後ろを、銀髪の女性――、マヨイは表情を見せることなくクーシャン・ベルニカの後ろを追従するかのように、階段を下りていく。
「おい、聞いているのか?」
「黙れ――」
マヨイの言葉に、クーシャン・ベルニカは肩を竦めると同時に、クーシャン・ベルニカこと田中一郎は溜息をつく。
二人が、日本からの即時帰還の命令を受けたのは、クーシャン・ベルニカが法務省東京矯正管区の拘置所から出てから間もなくであった。
その為に、山岸直人の動向を確認する時間も無く帰国したことで、マヨイ――、山岸鏡花の機嫌は限りなく悪いものであった。
「はあ……、それにしても……、うちらの主は、悪趣味だよな」
男の溜息が――、地下へと通じる空間内に響き渡る。
地下へと通じる道は、両脇の壁に掲げられているダンジョンコアを原料として作られる青い炎で照らされており不気味であると言えた。
「山岸直人の件だが、また日本に行った時に確認すればいいんじゃないのか?」
「――助けられた民間人の中には、お兄ちゃんの名前は無かった……」
「それは……」
田中は、一瞬――、言葉に詰まる。
彼から見た山岸直人は、どう見ても戦闘には向いていない。
それは数千もの戦いを経験してきた者だけに分かることであり、幾ら自分がアメリカ軍と交戦したとは言え、そのあとに起きた核爆発までに逃げ切れたのかと問われれば否であった。
だからこそ、日本国政府が発表した【海ほたる】でのテロリスト達による事件の結末――、死者はゼロという発表にマヨイこと山岸鏡花と田中一郎は納得していなかった。
そして何より実の兄を、一度失った山岸鏡花の心境は、田中一郎よりもより一層複雑な物であったことは言わずと知れたものであった。
「憶測をしていても仕方がない――、直人に関しては主の許可を得次第、日本に行き調べればいいだけだ」
「簡単に見つかるとは思えない……、それに……、――お兄ちゃんは、私を助けて死んだ……、この記憶に間違いはない……」
「――とりあえず俺は見た。一度、調べるのもいいだろう? それに当てもあるからな」
「……当て?」
「ああ、2人の女と牛丼フェアに来ていたのを俺は見たからな」
田中一郎の言葉に、山岸鏡花の歩みは停まる。
「どうした?」
階段を下りていた足音が消えたことに気が付いた田中一郎は後ろを振り返るが――、振り返ると同時に田中の襟首を山岸鏡花が掴んでくる。
――そして、そのまま田中一郎を壁に叩きつけた。
「ど、どどどどど、どういうことなの? お、お、お兄ちゃんが女の人を連れていたの? ねえ! ねえ! ねえ! どういうことなの! ねえ! どういうことなの!」
死人のように表情を見せていなかった姿とは一変した彼女の様子に、田中の心境は――、江原萌絵が彼女だと言っていた事を知らせない方がいいだろうな! と、心の中で考えた。
「いや、仕事の付き合いだったらしい」
「……しご……と……」
静かにうわごとに独り言を呟く彼女の様子に、田中は額から一筋の汗を垂れ流していた。
彼も、薄々と山岸鏡花がブラコンであるような気がしていた。
ただ、彼は知らなかったのだ。
ここまでの物だとは――。
「ああ、仕事だ。そう言っていた」
「――そう。わかったわ……」
「分かってくれたならいい」
田中の説明に納得したのか鏡花は、彼から離れる。
「ところで、その女って誰?」
「――ん? ああ、一人は日本ダンジョン探索者協会に所属しているキャンペーンガールの女だな。たしか江原萌絵と言っていたな」
「……そう……」
先ほどまでとは嘘のように静かに携帯端末を操作する鏡花。
「この娘でいいの?」
携帯端末には、日本ダンジョン探索者協会所属キャンペーンガールの一覧が顔写真つきで載っており――、その中には江原萌絵の名前と顔写真もある。
「ああ、そうだな」
「そう……、一度、お話しないと……」
「話イコール物理は駄目だからな」
「大丈夫、殺しはしないから」
その山岸鏡花の言葉に、田中の心境はと言うと「信用できない」と、言う内容であったが――、口に出すような真似はしない。
「まったく……、面倒なことこの上ないな」
田中は深く溜息をつくと、そのまま鏡花を共だって地下へと降りていく。
――そして10分ほど降りたところで、東京ドームを連想させるほどの巨大な空間が目の前に広がった。
その場所は、薄暗く――、遠近感を狂わせてしまうかのようであった。
「戻って来るまで、ずいぶんと時間がかかったようだね」
唐突に声が天井から降り注ぐ。
話し方は丁寧であったが――、その言葉には威圧が含まれており田中と鏡花は思わず黒の大理石の床に膝をついた。
「色々と手違いがありまして……」
「手違いね――」
静かに、それでいて不安を掻き立てるかのような声が漆黒の暗闇を纏う天井から振り落ちる。
「まあ、いい――、それよりも神棟木(かみむなぎ)は見つかったのかな?」
「――いえ、それが……」
「見つかっていません」
二人は頭を上げることすら出来ず言葉を紡ぐ。
「そうか……、それは残念だ」
「――ですが! もう一度、日本へ行かせてもらえれば!」
「…………それは、必要ない。それに、日本には得体の知れない者がいるからね」
「得体の知れない者と申しますと?」
「クーシャン・ベルニカ君が戦って負けた奴のことだよ」
「それは……」
「何も攻めているわけじゃない。日本国政府にも切り札があったという事が分かっただけ良かった」
「それならば! 私が、その者を殺してきます! ですから日本に!」
「マヨイ君。君では、彼は倒せないよ」
「ですが!」
「クーシャン・ベルニカ君。僕は、彼女と話がある。君は退席したまえ」
降り注ぐ声に――、その人外をも思わせる威圧感に――、クーシャン・ベルニカは立ち上がると、その場を後にする。
そして、彼の姿が見えなくなり気配が消えたところで、天井を覆い隠していた不可視な黒く淀んだ存在が一つに集まり山岸鏡花の前に降り立つ。
「マヨイ君」
「はい……」
「顔を上げ給え」
山岸鏡花が顔を上げた先には、銀色の髪と赤い瞳――、朝黒い肌をした美男子が立っていた。
その存在は、顔を上げた山岸鏡花の顎に手を当てる。
それと同時に、山岸鏡花の体から力抜け――、その体を支えているのは顎を掴んでいる男の手であった。
すでに山岸鏡花の目は虚ろで、何も映しておらず感情一つ見ることはできない。
そして――、そんな彼女の――、何も映していない瞳を、満足気に見ていた男は笑みを深くする。
「――なるほど……、山岸直人か……。これは面白い……」
男は手を離す。
それと同時に、鏡花の目に精気が戻る。
「マヨイ君。話は聞かせてもらった。君は、日本に行って――、実の兄である山岸直人を殺したい――、そうだね?」
「……はい、……その通りです」
「なるほど! 素晴らしい兄弟愛だね」
「はい」
主たる者に、理解を示されたのが嬉しいのか山岸鏡花は笑みを浮かべる。
「だけど残念だ。君には、他にやってもらいたい事があるんだよ」
まるで下手なコントのように男は、身振りをしながら言葉を呟く。
「そんな……」
「そこでだ! 君には、ロシアに行ってもらいたい」
「ロシアですか?」
「そう! 君の兄は悪い悪い人間に束縛されているんだよ。だから、そういうゴミは処分しないといけないだろう? 処分すれば、君は大好きな兄を殺すことが出来る! 何て素晴らしいことじゃないか!」
「はい! それは、素晴らしいことです!」
「だろう?」
男は、口元を歪め手で目を覆い高笑いする。
どこまでも愉快に――、どこまでも楽しそうに――、破綻しそうになる笑みを浮かべながら――。
そして、そんな異常な光景に認識を歪まされ記憶を改竄されている彼女は――、山岸鏡花は気が付くことはない。
ただ嬉しそうな表情で愛おしい主(常世ノ皇ノ王)に向けて笑みを浮かべ見つめているだけであった。
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