【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。
リムジン
――会社設立に関して話を始め、聞きたいところが終わったところで。
事務員が社長室に入ってくるとコーヒーをテーブルの上に置いたあと部屋から出ていく。
何杯目のコーヒーか覚えていない。
「そろそろ日勤の者が戻ってくる時間ですね」
「時間?」
俺は腕時計で時間を確認する。
時刻は午後17時40分を指し示していた。
江原との約束の時間は夕方ぐらいに約束していたな。
そろそろ戻らないと時間に間に合わなくなる。
「富田さん、今日はありがとうございました」
俺は立ち上がりながら、礼を述べることを忘れない。
相手が礼を尽くしてくるのなら、こちらも礼を尽くすのは日本人としての嗜みであり社会人としての常識だからだ。
「いえ、こちらこそ――、かなり不作法になってしまいましたね」
「そんなことはありません。それでは土地の売買については――」
「ええ、千城台不動産の社長と共に、こんど山岸さんを交えて話をしましょう。早ければ年明けの6日ほどに」
「分かりました。それでハイヤーを手配したいのですが?」
「もちろんリムジンで行かれますか?」
「そうですね。リースしたばかりのリムジンを使用させてもらってもいいですか?」
「ええ、もちろん! リムジンは山岸さんのためにリースしましたから、ぜひ乗ってください。それで、今日はどちらまで?」
「自宅まで送ってもらったあと、海ほたるまでお願いしたいと思っています」
俺の言葉に富田が「海ほたると言えば、年末の花火大会があるそうですね」と答えてくる。
「そうですね、あとは牛丼フェアもあるので楽しみです」
「そうですか。それでは気を付けてください。リムジンの運転は、一番運転の上手い者をつけますので。外で待っていてください」
富田の言葉に頷きつつ、建物から出て事務所の前で待つ。
「お待たせしました」
目の前に停まったリムジンの運転席から出てきたのは千城台交通の社長である富田。
「相原さんではないんですね?」
「ええ、こう見えても私は元・プロドライバーですからね。一番、運転がうまいと自負しておりますので」
「なるほど……」
「まぁ、それは建前です。やはりリースとは言えリムジンですからね。初乗りは運転手としてはやってみたいと思っていたんですよ」
「な、なるほど……」
元・プロドライバーね。
まぁ、その腕が役に立つことはないと思うが……。
「それでは、山岸さん。リムジンに乗ってください。内装には気をつけていますよ」
「内装には?」
言い方が普通の内装ではないような言い方なんだが……。
後部座席を開ける。
中はスモークガラスで見ることは出来なかったが、中に入ると普通の車とは明らかに違う。
後部座席のドアから入った左手には、車体に沿うようにテーブルが配置されている。
それに逆側には、白の革製長椅子がコの字に置かれていて――、明らかにテレビで見たような普通のリムジンとは異なっており、小さなワインセラーやグラスまで置かれていることから。
「富田さん、これリースでも相当したんじゃ?」
「ええ、まあ――。でも山岸さんを信じて投資しましたから! それに、こういうリムジンがあれば千城台交通にも箔がつきますからね」
さっきの元・プロドライバーという話を聞いたあとでは、俺を信じてというよりも趣味が高じてとしか思えないんだが……、まあいいか。
そのうち商談で使うような事になれば真価を発揮してくれることだろう。
「では、そろそろ出発しますので――、私は運転席に行きますね」
「わかりました」
後部座席のドアを閉め、高級革張りのソファーに座る。
首相官邸から車で自宅まで送られたことがあるが、その時に乗った車のソファーよりも高級というのが素人の俺でも分かった。
一体、この車はリース代いくらしているんだ?
本気で心配になってきたんだが――。
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