自宅にダンジョンが出来た。

なつめ猫

錯綜する思い(1)第三者視点




「本当に山岸さん、ハイヤー契約してたんだ……」

 山岸が乗った車を、メゾン杵柄の2階の通路から見下ろしていた江原が呆然と呟く。
 彼女は、山岸が見せてきた銀行口座や渡してきた100万円という大金を見せられて納得はしていたが、心のどこかで引っ掛かりは覚えていた。
 どうして、月3万円程度のアパートに住んでいるのだろうと?

 そもそも、彼女から見れば貝塚ダンジョンで起きたレムリア帝国の兵士の襲撃はテロリストと同じ認識であった。
 そして、テロリストから身を挺して守ってくれた山岸という人物が、テロリストを倒すために千葉都市モノレールの線路を魔法の余波で壊してしまったことも、よくよく考えれば、自らの身を守るために仕方ないという結論に達せざる負えなかった。

 だからこそ、彼――、山岸直人が、どうしてそこまで千葉都市モノレールの復旧に力を注ぐのかがまったく理解できずにいた。
 それでも、一瞬だけ遠くを見つめた山岸の目には何かしらの思いが感じられたこともあり、江原は追及することを避けたのだった。

「――でも、そうすると山岸さんが言っていた事も全部本当ってことになるよね」

 江原は、一人呟きながら思考を巡らす。
 彼女の中にあるのは、やはり好きである男性の期待に応えたいという思いであり、そのためにどうしたらいいのかと考えてしまうことであった。

「うん、まずは部屋を借りないと。山岸さんは部屋が大きくなれば一緒に暮らしていいって言ってたし……」

 そう呟きながら、彼女は階段を下りて101号室に入る。
 なんと、そこには荷物は置きっぱなしになっていた。
 もちろん小物などは引っ越しに備えて段ボールに入っていたが……。

 積み重ねられている段ボールの中から、スマートフォンの充電ケーブルを取り出すと壁のコンセントに挿したあと、彼女は自らのスマートフォンに繋ぐ。

 そしてブレーカーの電源を上げたあと、電話番号を入力していく。

「はい。楠ですが――」
「あ! 楠さんですか? 江原ですけど……」
「なんですか。今は、貝塚ダンジョンの調査で忙しいのですが……」
「じつは、メゾン杵柄の――、山岸さんが借りている204号室の隣の部屋! 205号室って空いてましたよね?」
「空いてますが……。江原さん、君はもう日本ダンジョン探索者協会に所属している職員ではないのですよ。それは分かっていますか?」
「分かっています」
「それに陸上自衛隊と日本ダンジョン探索者協会に夏目総理から山岸直人には手を出さないようにと通達がきています。こちらでは何も動くことはできないのですよ」
「そうなんですか?」
「そうです。それに……、そこのアパートであるメゾン杵柄は陸上自衛隊から杵柄氏に返還されることになっています。その理由が分かりますか? 日本ダンジョン探索者協会に居ても居なくても、あなたは、作戦上――」
「楠さん! 私は、日本ダンジョン探索者協会をやめています」
「……それは、そうですが――。関わらないようにというのは政府の方針な以上――」

 楠の言葉からは、どう足掻いても普通では譲歩が得られないと江原は察する。
 だからこそ、彼女は賭けに出ることにした。

「楠さん、私は山岸さんから家の鍵を預かりました」
「…………どういうことですか?」
「楠さんだって知りたくないですか? 日本国政府が、山岸さんに手を出すな! と言った意味を――」

 彼女は、言葉を口にしていながら自分が言っていることが、思い人である山岸の意図に反していることくらいは理解していた。
 だが――それでも。 そして手中にあるカードを出さねば楠を納得させることは出来ないと踏み、決意する。

「山岸さんから、仕事を手伝うように言われました」
「仕事を? 彼は無職だと報告を受けていましたが……」
「はい。でも、そうじゃないんです。彼は7億ものお金を持っていたんです。それに魔法も使えるんです」
「――魔法を!?」
「はい! きっとレベル500を超えています。いえ! 間違いなく超えていると思います! 楠さんは、彼の正体を知りたくはないですか?」
「…………なるほど。中々、興味深いですね」

 電話口で、ようやく楠が興味を示したと分かる声色に変わる。

「それでは、その山岸直人を調べるためにあなたはどうしても205号室が必要だと――、そういうことですか?」
「はい! あとは建築班の方もお願いできますか?」
「それでは、施設科と需品科の人間を送りましょう。他に何か要望はありますか?」
「アパートを少し弄ってほしいんです」
「アパートを?」
「はい、隣接している部屋同士の間の壁を壊してドアを付けてくれたり」
「……そこまでして大丈夫なのですか?」
「はい! 山岸さんからは部屋が広ければ一緒に住んでもいいと言われたので大丈夫です!」
「…………それは、アパートを改築していいという意味ではないような気がするのですが……」

 彼――、楠の言葉に「いいえ」と、江原は反論する。

「山岸さんと一緒にどうせ――、監視するためには必要不可欠なことなんです! とりあえず205号室と105号室は確保してください!」
「わかりました。まだ、アパマルショップとの契約があるはずですから、アパマルショップ経由で部屋を抑えれば大丈夫でしょう。かなり強引になりますが……」
「ありがとうございます!」
「江原さん、その代わりに今度、山岸直人という人物について話を聞かせてください」
「はい。それでは失礼します」

 江原は、そのまま電話を切る。
 実際のところ、彼女は、山岸直人について楠に情報をこれ以上渡すつもりはなかった。
 それでもかなり危険な賭けをしてしまったことは否めないが。

 ――コンコン

「あれ? だれかな?」

 電話を床に置いた江原は、ドアを開ける。
 ドアの外には、佐々木(ささき)望(のぞみ)と、藤堂(とうどう)茜(あかね)が立っており――。





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