【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。

なつめ猫

アパート(2)




 あまり恐縮されると困る。
 まあ、俺は何も悪くないがな!

「とにかく、探偵事務所の方が来られるまで待っていてください」

 内心溜息をつきながら藤堂に語りかける。
 まったく、面倒なことこの上ない。

「はい……」

 小さく呟くと藤堂は、通路の床――、その片隅に置かれていたプラスチックの工具箱を手に取ると、アパートの壁に背中を預けて顔を俯かせてしまう。

 何というか、そういう態度を取られると俺の方が悪いことをした気持ちになるからやめてほしいんだが。



 ――トゥルルル



「はい。山岸です」
「橋本ガラスです。もうすぐ到着致しますのでよろしくお願いします」

 どうやら探偵事務所よりも先にガラス屋が到着するようだな。
 
 ――と、なるとドアは開けておいた方がいいか。

 鍵を取り出したところで、階段を上がってくる音が聞こえる。
 ずいぶんと軽快な足音のように聞こえるが。

 階段を上がってきたのは30歳後半の男。

「あの――、お電話を頂いた山岸様ですか?」
「貴方は?」
「私は、千城台24時間鍵屋110番の田中と言います」
「ああ、鍵屋さんですか」

 到着する前に電話くらいしてこいよという言葉は喉まで出かけたが呑み込みながら家の鍵を開ける。

「この扉なんですが」
「なるほどなるほど、たしかにこのタイプの鍵だと10秒もあれば開けられてしまいますね」
「10秒?」
「はい。これはディスクシリンダータイプなので、すぐに開けられますね」
「なるほど……」

 よくわからん。
 専門用語を話されても困る。

「それで鍵交換は、大家さんの許可が必要な場合が多いのですがとってありますか?」
「はい」

 まったくの嘘だが、仕方ない。
 ――というか今の大家って陸上自衛隊だからな。
 仮に、杵柄さんに戻っていたとしても意識不明の重体だ。
 とても許可が取れる状態ではない。
 ここは事後承諾でいくしかないだろう。

「分かりました。それではディンプルキータイプを用意してきましたので、それを付けますね。ツインタイプと聞いていましたが、ドアに穴を空けてしまっても大丈夫ですか?」
「はい、よろしくお願い致します」

 大家さんか不動産屋に何か言われたらお金で解決するとしよう。

「それでは作業を開始しますね」

 鍵屋の田中は、寸法を測って階段を降りていく。

「あの……、山岸さん……」
「どうしましたか?」
「鍵を交換するって――」
「はい。陸上自衛隊の人間が、人のプライベートスペースにずかずかと断りもなく踏み込んできて、盗聴器を仕掛けたので、その対処ですね」
「すいません! 本当にすいません!」

 頭を下げられて謝罪されても困る。
 それに、彼女は知らないようだが200億円という莫大なお金を迷惑料としてもらうことになっているのだから問題はない。
 ただ――、聞かれたから事実を言っただけに過ぎないのだ。

「あの~、お取込み中でしょうか?」

 気がつけば藤堂の後ろに、一目で見て頼り無さそうな――、体の線が細い男が立っていた。
 まったく気がつかなかった……。

 念のためにスキル「神眼」で確認しておく。



 ステータス

 名前 山彦(やまひこ) 源太郎(げんたろう)
 職業 探偵 探索者
 年齢 47歳
 身長 181センチ
 体重 77キログラム

 レベル84
 HP840/840
 MP840/840
 
 体力25(+)
 敏捷19(+)
 腕力29(+)
 魔力  0(+)
 幸運  2(+)
 魅力12(+)

 所有ポイント83 



 ――なるほど。
 どうやら、男は、探索者も兼任しているらしいな。

「大丈夫です。山彦探偵事務所の方ですか?」
「はい。山彦 源太郎と言います。盗聴器の調査発見依頼ということで伺いました。山岸さんで?」
「山岸直人です。即日対応と言う事で無理なお願いをしてしまい申し訳ありません」
「いえ、結構です。それより、さっそく金銭面を含めた話をさせていただいてもいいでしょうか?」
「もちろんです。ですが、もう時間的に午後4時を過ぎていますのでだいたいの金額提示でかまいませんよ?」
「わかりました。部屋の中に入らせて頂いても?」
「ええ」

 家のドアを開けながら山彦を部屋の中へと案内する。
 男は部屋の中、トイレ、風呂場、台所をざっと見てから。

「金額的には、いくつかプランがありますが一番安い金額ですと盗聴のみで2万円、盗聴盗撮ですと4万円くらいになります」
「いくつかのプラン?」
「はい、一番安い基本的なプランになりますと、広帯域受信機でのスキャン周波数が限定的となりますね」
「つまり、高いプランだと、それだけ幅広い広帯域を確認して頂けると?」
「はい。そうなります。あとはリモコンスクランブル、アナログスクランブル、アナログ盗聴器やデジタル盗聴器の確認などがあるプランもあります」
「なるほど……」

 そうなると、相手は無線機器などを使う事が出来るプロの陸上自衛隊。
 ここは、高いプランで調査してもらうのがいいだろう。

「わかりました。一番高いコミコミプランでお願いします。あと、他にプランがあればそれも全部入れておいてください。とにかく部屋にある全ての盗聴器・盗撮カメラ関係は全て取り除いて頂けますか?」
「わ、わかりました。それでは金額としましては13万円と消費税になりますが大丈夫ですか?」

 おそらく大丈夫なのか? というのは現金で払えるのか? ということだと思うが問題ない。
 200万円下ろしてきたからな。

「はい、よろしくお願いします」
「わかりました! すぐに対応させて頂きます。機器を持ってきますので車に一度戻ります」

 部屋から出ていく山彦。
 それと入れ替わるように藤堂が部屋の入口までくる。

「あの……、山岸さん……、私も手伝いましょうか?」
「いいから。とりあえず自衛隊の人間には部屋に入ってほしくないから」
「…………はい……」

 シュンと藤堂は落ち込んでしまったのが手に取るように分かるが、俺としては自衛隊に所属している人間には部屋に入って欲しくない。
 組織に所属している人間としては上官の命令に逆らえないから仕方ないかも知れないが、それでも山根と繋がっていたという事実だけで、拒絶するには十分なほどの判断材料になりうる。

「山岸様、それでは作業を始めさせて頂きます」
「はい、よろしくお願いします」

 鍵屋が、ドアを開けたまま作業を始める。
 まずは鍵を解体していく作業。
 その間に探偵が戻ってくると部屋の中の調査を始める。

「失礼します」

 また別の男が部屋の外――、通路側から顔を見せてくる。
 その人物は見た事がある。

「橋本さん。それではガラスの交換をお願いします」
「分かりました。それではガラスの交換作業をさせて頂きますね」



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