【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。
誰がために鐘は鳴る(4)
「…………」
無言のまま手元の資料に視線を向ける。
「特亜ソーラー開発株式会社……」
「ええ、間違ってはいないでしょう? あなたが欲しい情報のはずです」
こいつは、どこまで俺のことを知っている?
そもそも、どうして俺がコールセンターで働いていた本当の理由を知っている?
「何を言いたいのか分からないな」
スキル「演武LV1」をONに設定しながら、肩を竦め言葉を紡ぐ。
「またまたご冗談を――」
山根は口元に笑みを浮かべているが、目は笑っていない。
間違いなく、山根は確信を持って話ている。
俺が求めている情報を交渉のテーブルに乗せたと――、確固たる確証を得ている。
――言動から、それが察せられる。
しかし……、どうして俺がその情報を欲しているのか分かったのか。
「我々が入手した情報ですと、あなたが特亜ソーラー開発株式会社について調べていたことは間違いはないはずなのですが?」
「どうして、そう断定できる?」
「そんなの決まっているじゃないですか」
「――何?」
「…………山岸さんも多くのコールセンターで勤めた経験があるので、お分かりかと思いますが――、我々、自衛隊は退職する自衛隊員の企業への就職斡旋を行っているのですよ?」
――!?
「山根、貴様!? ま、まさか!?」
思わず、俺は山根を睨みつけるが、山根は眉一つ動かさない。
こいつらは……、企業コンプライアンスを何だと思っている!?
「おや、ご理解頂けましたか?」
「ああ、十分な! 山根――、お前……、それがどれだけ企業コンプライアンスに抵触しているのか知らないわけではないだろう?」
「もちろんですよ? ですが――、これは企業側の許可を得ていますから。表沙汰になることは限りなく低いです」
表沙汰になることは少ない?
そういう問題ではない。
個人情報を守るということは企業としては当たり前の行為だ。
そして、それは論理としては当たり前のこと。
情報管理の徹底――、とくに顧客の個人情報流出などをすれば企業の経営が傾きかねない。
それを自衛隊が率先して行っているということに俺は苛立ちを思える。
しかし解せない。
どうして、そんな危険なことに企業が協力する?
「どうやら、その表情から見るに――、どうして企業が自衛隊に情報提供の協力をしているのかご理解されてはいないようですね」
「そうだな……」
一歩間違えば大惨事になりかねない。
とくに、インターネットやSNSで個人が情報を拡散できる時代だ。
些細な漏洩すら命取りになる。
「山岸さんは、スパイ防止法案というのをご存知ですか?」
「ああ、知っている」
たしか6年ほど前に、当時の与党が外国人が海外へ企業情報を持ち出すことを憂慮して国会に提出したものだ。
先進国では、スパイ防止法案が無いのは日本くらいであり、有名なところではイチゴの種子や牛の遺伝子を隣国が持ち出し自国産だ! と偽って販売したのも後押しだったと記憶している。
――だが、あれは……。
「たしか、国会審議に出ずに国会を空転させた野党のせいで決まらなかったはずでは? 著名人や大学教授、マスメディアまで反対していたはず……」
「そうですね。ですから――、政府は秘密裏に行うことにしたのです。そして私達は、多くの企業に自衛隊を派遣し問題を起こした人物を、企業に代わって速やかに処理しています。企業側も、私達の功績を認めてくれているので情報提供には協力的なのです」
なるほどな……。
溜息しかでない。
それと同時に実に効率的なやり方だと感心すらする。
「だが、俺にそんなことを言っていいのか? 組織の裏事情だろう?」
「はい。問題はありません。山岸さん、貴方は私達を敵に回すほど愚かではないでしょう? それに――、貴方には復讐という目的がある。そういう人間は、取引相手を裏切るような真似は絶対にしませんからね」
「まるで、俺がすでに取引を了承しているような口ぶりだな」
「ええ、もちろんです。貴方は、そういう人だと思っていますから」
俺の何を知っているのか、口ぶりが気に入らない。
だが、俺が20年かけて調べてきた情報が得られるのなら――。
俺は唇を噛みしめる。
上越智村の事件――、いや上越智村で起きた災害の首謀者が分かるのなら……。
――俺は……。
「…………それで、そちらの求める対価は何だ?」
俺の言葉に、山根が笑みを浮かべる。
ただ――、その視線は……、俺を射貫くように――、まっすぐに俺を見てきている。
「そうですね。私達が求める対価としては山岸さんの自衛隊加入をお願いしたいと思っています」
「それはできない」
ヤレヤレと溜息交じりに山根は肩を竦める。
「――お前達が求める【セイギのミカタ】は、誰かを犠牲にすることで成り立つ。俺は、そんな物は認めない」
「認めないですか……、なるほど……」
俺は、上越智村で起きた事を――、俺自身の記憶の中に深く刻みつけている。
だからこそ、少数の人間を犠牲にして大勢の誰かを救うという道を俺は絶対に選ばない。
それを選んだ瞬間に、俺は妹の鏡花との約束を違えることになる。
「ハァ――、それでは山岸さんは、我々に何を提供できると言うのですか?」
何を提供できるか、か……。
――そうだな。
今までの俺なら――、今までの俺だったら――、何も提供できる物も――、何の価値も俺には無かった。
……だが、いまは違う。
いまの俺は、力を持っている。
たとえ、その力が――、自らが望んで手に入れた物ではなく――、何者かに与えられた力であったとしても。
「答えを聞かせてください。山岸さん、自衛隊に貴方が所属する以上のメリットを私達に提供できるのですか? 自らが望んで求めている答え! その答えが手に入るのなら一時であっても泥を啜るというのが……、社会人なのではないのですか?」
「…………それは違う」
俺は頭を振るう。
――自らの復讐のために。
――誰かを犠牲にすること……。
――それは違う。
――それは決して選んではいけないもの。
――何故なら、俺が俺であることに必要なものだからだ。
……たしかに結末は必要なのかも知れない。
答えは必要なのかも知れない。
――それでも……、
過程を間違え――、
正確な結末に至ったとしても――、
望む結果が達成できたとしても――、
それは……、間違っている。
ならば――。
俺がどうすればいいのか。
その答えは、自ずと出てくる。
――そう、奴が求める以上の物をこちらが交渉のテーブルに乗せればいい!
考えろ!
奴が求める物以上の対価――、それは何だ?
何を奴は望んでいる?
「何が違うのですか?」
「俺は、絶対に誰かを犠牲にするような――、それらを容認するような組織には属することはしない! たしかに、多くの人間を救うという大義の前では、一人の命は軽いのかも知れない。――だが、俺は、目の前で助けることが出来なかった妹を見て誓った。一人の命であっても、それを――、誰かの命の灯を犠牲にすることは間違っていると! だからこそ! お前達の言葉は――、【セイギのミカタ】は理解するが認めることはしない!」
「…………ハハハハッ、これはとんだ理想主義者ですね。あなたは本当に現実が見えているのですか? 多くの者を救うためには少数を犠牲にすること。それは世界の摂理であり仕方のないことです。山岸さん、貴方だって理解しているのでしょう? ――なら、何故! 認めることをしないのですか?」
「何度も言っただろう? 俺は――、目の前にいる誰かを犠牲にしてその他、大勢を救うっていう【セイギのミカタ】が嫌いだからだよ! だから、俺は絶対にお前達を認めないし自衛隊に入ることもしない!」
山根が膝を揺らし始める。
「わかりました。――なら、もう一度訊きます。貴方は私達に何を提供できるのですか?」
何を提供できるのか……。
その答えは無い。
だが――、思考する時間が欲しい。
「山根、1つ訊きたい。お前達は、上越智村の災害についての首謀者を知っているのか?」
「いいえ。その頃の情報は全て破棄されていました。私達が知っているのは――」
「特亜ソーラー開発株式会社の連中の情報だけということか……」
「ええ、――ですが喉から手が出るほど欲しいでしょう? そうでしょう? 山岸さん!」
――ああ、たしかに欲しい。
その情報を得るためだけに
俺は……、
俺は……、
妹を助けられなかったという自身の無力感に苛まれながらも――。
それでも、20年という長い年月で風化していく記憶と怒りを忘れないようにするために。
俺は、復讐する術すらもたずとも。
東亜ソーラー開発株式会社に属している連中の情報を集めるために、ひたすらコールセンターで働いた。
それでも――、見つけることは出来なかった。
東亜ソーラー開発株式会社の裏には、日本では三大通信会社の1つであるKB(クリテイィブバンク)と、それに連なる国会議員達が裏にいたからだ。
だが、俺は――。
「たしかに欲しい。それでも――、俺は自分の信念――、魂を売るような真似だけはしない!」
確固たる意志を――、自分の考えを告げる!
それと同時に視界に半透明のプレートが開くと同時にログが流れる。
――主、山岸直人の意志を確認しました。
――スキル「大賢者」が発動しました。
――主、山岸直人。これからの交渉は、スキル「大賢者」がサポート致します。
――スキル「大賢者」のログが流れると同時に緑色の半透明なウィンドウが開く。
ウィンドウの項目欄には、「日本国内の省庁全てのデータベースへのハッキングを開始します」と表示されている。
無数の文字列が高速で流れると同時に100を超える半透明なウィンドウが視界内に広がる。
――内閣府データベースにアクセスを開始します。
――総務省データベースにアクセスを開始します。
――法務省データベースにアクセスを開始します。
――外務省データベースにアクセスを開始します。
――財務省データベースにアクセスを開始します。
――文部科学省データベースにアクセスを開始します。
――厚生労働省データベースにアクセスを開始します。
――農林水産省データベースにアクセスを開始します。
――経済産業省データベースにアクセスを開始します。
――国土交通省データベースにアクセスを開始します。
――環境省データベースにアクセスを開始します。
――防衛省データベースにアクセスを開始します。
――会計検査院データベースにアクセスを開始します。
…………
……
――全ての省庁へのハッキングを完了。
緑色の半透明なプレートに、現在の俺がどのような立場に置かれているのかがログが表示される。
「まるで……、私達が悪役であるような言い方ですね」
山根が心外だと眉間に皺を寄せた表情で両足を揺すりながら話しかけてくる。
その言葉と同時に半透明なプレートにログが流れる。
――スキル「交渉LV1」を手に入れました。
交渉が有利に進むスキルのようだ。
すかさずポイントを振る。
先ほど、ポイントを解除しておいてよかった。
「悪役? 何を言っているんだ? 山根」
「どういうことでしょうか?」
「どうもこうもない。先ほど、お前は俺のアパートを杵柄氏より購入したと言っていたよな?」
「そうですが……、それが何か?」
「理由は、俺の身を守るため――、そして勧誘するためだったな?」
「ええ……」
「――なら、何故! 俺の部屋に盗聴器を仕掛ける必要があるんだ?」
「――っ!? …………ど、どういうことでしょうか?」
「しらばっくれるなよ」
俺が言葉を発したと同時に、部屋の扉が音を立てて開く。
「山根2等陸尉!」
「どうした?」
「それが――、こんなものが……」
部屋に入って来た自衛隊員が手に持っているのはコピー用紙の束。
その中の1枚を見て顔色を露骨に変えた山根が俺へと視線を向けてくる。
「これは……、あなたの指図ですか!?」
バン! と音を立ててコピー用紙の一枚をテーブルの上に叩きつけるようにして置くと山根が睨んでくる。
「その品番で間違いないだろう?」
山根がテーブルに叩きつけた用紙に描かれているのは、俺の部屋――、壁の中のコンセント内と交換されたコンセント型盗聴器の図面。
そして、その発注と価格――、さらには使われた際に届け出がされた用紙までもが表記されている。
「――くっ!? い、一体……、どうやって……」
「お前は、忘れたのか? 警察署で、起きた出来事が全世界同時多発的に動画が配信されたのを――」
「――っ!?」
目を見開く山根。
「ま、まさか――、あ……あれは……本当に貴方が……」
「俺には優秀なパートナーがいるからな」
「――なっ!? そんな情報、どこにも……」
「山根、交渉というのはな――、情報戦というのは、相手に知られたら意味がないだろう?」
スキル「演武LV1」の効果と――、そしてスキル「大賢者」によるログが山根へのアドバンテージを作り上げていく。
「さて――、俺から提示できる物はいくつもあるが――。そうだな……、このやり取りを配信されたくないのなら、メゾン杵柄の土地・建物の権利を杵柄氏に戻してもらおうか?」
「…………それは脅しですか?」
「いいや、命令だ」
「そうですか、それは残念です」
「何!?」
「いえ、そちらが私達の情報をどこまで知っているか知りませんが――、今現在、この周囲は全ての通信機器――、つまり携帯電話、無線系のジャミングを行っているのですよ? 念のためにね」
山根は、そう呟くと同時に懐から拳銃を取り出しすと、俺に向けてくる。
「つまり、貴方が帰らなければ何の対処も出来ないということですよ。国家権力を侮ってもらっては困ります。私は、貴方を買っていたからこそ、自衛隊に引き込むために行動をしていたのです。――ですが! 脅しどころか命令などとまで言われて、こちらが了承すると本当に思いましたか? メリットとデメリットを天秤にかけた場合、貴方を習志野駐屯地から出す意味はないでしょう? それに、ここは完全なる防音です。意味はお分かりですよね?」
「さあな」
俺は肩を竦める。
山根が言っていることは間違ってはいない。
全て、国家のため――、安定を求めるという対価に誰か一人を殺すなら、それは効率的だろう。
…………まったく気に入らない!
――同感です。ニートで無職で穀潰しの主にも生存権はあるというのに許し難い蛮行です。
本当に大賢者、味方なんだよな?
ちょっと……辛辣すぎないか?
「山根、1つ忠告しておく。俺が帰らなかった場合、お前達が俺の部屋に盗聴器を仕掛けたという動画が世界中に流れるがいいのか?」
「誰が、そんなものを信じるのですか? それに……、そしたら情報を流した協力者も始末すればいいだけです。簡単でしょう?」
「ああ、なるほどな……」
「分かりましたか? 国家権力というのは個人ではどうにもならないものなのですよ」
山根がトリガーを引くと同時に――、室内に音が鳴り響く。
銃弾は、俺の額に向かって飛んでくる。
「…………ば、ばかな……。よ、避けた……だと!?」
強化していないステータスでも、俺のステータスはレベル1100という膨大なレベリングにより常人を超えた補正が効いている。
そして、さらに視界内に表示された赤く半透明なプレートが表示した銃弾の軌跡を見れば座ったままでも避けることは出来る。
「何を驚いている?」
――スキル「威圧LV1」を手に入れました。
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