【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。

なつめ猫

対人戦(2)




 ダンジョン探索者協会職員の言葉に、ダンジョンツアー参加者たちの顔が強張る。
 そんな彼らを女性職員たちが声掛けを行い落ち着かせているが……。
 楠と言えば、何かを考えているような素振りを見せているだけ。

 そんな楠に痺れを切らしたのか、山根が俺から離れて楠に近づく。

「楠、事態は待っていてくれませんし、考察している時間はありません。すぐにダンジョンツアー参加者を地上へと避難させましょう。佐々木君! 君は、ダンジョンツアー参加者の皆さんを地上へ避難させてください。地上に到着したあとは、陸上自衛隊への連絡と、監視カメラの映像解析を日本ダンジョン探索者協会の人間を集めて行ってください」
「――は、はい! わかりました! ダンジョンツアー参加者の皆様、これから出口まで案内しますので手荷物はそのままで構いませんので遅れずについてきてください!」

 佐々木の言葉で、ダンジョンツアー参加者たちが手荷物をその場に置いていく。

「漆原君と江原君は佐々木君と一緒に市民の警護をしておいてください。他の者は、地下9階まで急いで向かいます」

 山根の言葉に、LVが150を超える日本ダンジョン探索者協会に所属している探索者たちが集まり俺たちが地上へと避難する方向へと続く通路とは反対側の通路へと走っていく。
 その後ろ姿が見えなくなったところで、ようやくダンジョンツアー参加者たちも準備ができたようで。

「皆さん、それでは地上へご案内します!」

 先頭を進むのは、日本ダンジョン探索者協会所属のキャンペーンガールの女性職員で江原であった。
 この場に残された女性職員の中では一番レベルが高い。
 
 江原の先導でダンジョンツアー参加者たちが移動を始める。
 俺も後をついていこうとした途端、視界内に半透明な赤いプレートが表示された。

 今までとは違いアラームが付き。


 
 ――スキル「大賢者」が発動しました。
 ――爆弾が仕掛けられていることが確認できました。
 ――地下へと通じる通路と、地上へと通じる通路2か所に爆弾が仕掛けられています。
 


 ログが一気に流れる。

「――な!?」
「山岸先輩、そんなに慌ててどうしたんですか? ここから地上までは一本道ですし魔物も襲ってきません。それに9階にはLV250超えの山根さんと楠さんが向かいましたから大丈夫ですよ?」
「そうじゃない!」

 俺は、先頭を歩き始めた江原に向けて走る。

「山岸先輩!?」

 後ろから、驚きの色を含ませた佐々木の声が聞こえてくるが、いまはそれどころではない。
 スキル「大賢者」が、今までログで流した情報で間違っていたことはない。
 それに赤いプレートなんて見たことがない。
 どれだけの爆弾が仕掛けられているか分からないが、ロクでもないことくらいは直感で分かる。

「止まれ!」
「――え?」

 ホールから通路に片足を踏み込んでいた江原の腕を掴む。
 彼女は、自分が腕を掴まれた理由が分からないことから呆気に取られた表情で俺を見てくるが、俺は構わず彼女の体を抱きしめて後方へと跳躍する。

 ――それと同時に、轟音がダンジョン内に鳴り響く。
 通路の天井が崩壊したからなのか、煙と共に爆風が押し寄せてくる。
 中には無数の細かい砂利などが混ざっており、まるで散弾銃のようだ。

 俺は江原を抱きしめたまま、体を反転させると飛んできた砂利を背中で受け止める。

「――くっ……」

 HPは3割近く削られた。
 視界が赤くなっているのは額か瞼を切った血が瞼の中に入っているからなのか判別はつかないが……。 
 
「大丈夫か?」
「――は、はい……」

 俺の問いかけに、呆けた表情のまま江原が答えてくる。
 HPを見る限り、どこにも怪我は無さそうだ。
 抱きしめていた江原の体を地面の上に静かに下す。

「――あ、あの! あ、ありがとうございます……」
「気にするな」

 何故か頬を赤く染めながら江原がお礼を言ってくる。
 おかしいな? HPもステータス、どこにも異常はないはずだが……。

「先輩! 大丈夫ですか!」

 思考していると佐々木が小走りで近寄ってきた。

「ああ、大丈夫だ。それより、通路が塞がった……」

 地上へと通じる唯一の通路が、先ほどの爆発により完全に塞がってしまっている。
 明かりはLEDを利用しているために、問題なく周囲を照らしている。
 暗闇にならないのが唯一の救いと言ったところか。
 
「全然無事じゃないです! 額を切っています。それに背中にも酷い裂傷のあとが……」
「問題ない。それよりも今は――」

 途中まで言いかけたところで、「おっと! 動くなよ?」と、言う声が聞こえてくる。
 声の先には、俺がステータスを見た男――、田村 昇が立っており、右手には拳銃を携えていた。

「……なんの……つもりですか?」

 漆原が、後ろから女性を羽交い絞めにして拳銃を女性の頭につきつけている男に語り掛けているが――。
 男は、銃口を漆原の方へと向けると躊躇いもなく引き金を引いた。
 打ち出された銃弾は、漆原の太腿を容易く貫通し突き抜けると、彼女は地面の上に倒れ込み呻き声を上げる。

「黙っていろよなあああああああ! 日本ダンジョン探索者協会のゴミ共が!」

 男は、狂気の色を宿した瞳でダンジョンツアー参加者全員を見渡すと江原に向けて銃口を向けて引き金を引く。
 ターン! と軽い音と共に江原が、その場に崩れ落ちる。

「これでLV100近くの探索者はいなくなったな! ――、あとは……」

 田村が、今度は佐々木に銃口を向ける。

「おい、そこのダンジョン探索者協会の犬! すぐに日本ダンジョン探索者協会へ俺たちの要望を伝えろ!」
「要望です……か?」
「そうだ! 俺たちの要望はただ一つ! レムリア帝国国民にも、日本のダンジョンを使わせるようにすることだ! 二度も言わんぞ! 早くしろ! 言うことを聞かなければ……、ここに居る人間を1時間ごとに一人ずつ殺していくぞ!」
 
「…………」
「返事はどうした!」

 佐々木が唇を噛みしめながら男を睨みつけているが、こちらには戦えない人間が山のようにいる。
 しかも、敵が一人だけとは限らない。

「佐々木、いまは奴の言うことを聞いたほうがいい。それに連絡を取れば日本政府が何らかの対抗措置を考えてくれるかもしれない」
「――で、でも、先輩……。彼は――」
「分かっている」

 男が、さっき叫んでいたレムリア帝国という言葉。
 それは、ダンジョンが世界中に出来たと同時に急激な治安悪化と独立により滅んだ隣国の後に出来た国。
 現在は、軍事独裁国家であり日本どころか世界中と国交がない。
 そんな国交も無い国が約束を守るかどうかは甚だ疑問だが――。

「佐々木。やつらの要望を呑むかどうかは、日本政府が考えることだ。お前は、ツアー参加者の身柄の警護が仕事だ。いたずらに刺激するのは好ましくない。一時の感情で物事を考えるな」
「…………わかりました」

 ――さて、あとは……。

「すいません。ちょっといいですか」
「――ん? なんだ?」
「銃で撃たれて倒れている彼女たちの止血をしたいのです。このままだと出血多量で死んでしまいますので」

 俺は、二人のステータスを見ながら田村に話しかける。
 あくまでも言葉遣いは丁寧に、そして卑屈に――。
 相手の神経を逆撫でしないように。
 コールセンターで培った技術を最大限フル稼働させながら俺は相手の目を見ながら語りかける。

「ふん! お前は何を言っているのか分かっているのか? どうせ日本政府は返事を出さないだろう。なら、こうしたらどうだ? 二人が死ねば、ツアーに参加した人間が死ぬ時間を2時間延ばしてやる。それなら手当も必要ないだろう? どうだ? それなら文句はないだろう?」

 なるほどな。
 
 つまり、こいつは銃で撃たれた2人を見殺しにすれば、ツアー参加者の人間が最初に殺されるまで2時間の猶予ができると言っているのだ。
 
 それは、つまり俺たちに女性を助けるか自分達が死ぬのかの選択を取れと命じてきているに他ならない。
 しかもこんな状況で突きつけてくるということは……。

 俺達に人間の尊厳を捨てろ! と命じているのと同じだということだ。
 俺がもっとも嫌う行為。
 別に俺が知らない場所なら誰が死のうがどうなろうが知ったことではない。
 だが、誰かに理不尽な要求を強制されるのだけは我慢ならない。
 それに……。

「分かった」
「分かったならいい。そのまま、そこで――、お……おい!? 何をしている!?」
「女性を犠牲にしてまで自分が助かりたいとは思いません。最初に犠牲になるのが私なら問題ないでしょう?」
「――なん……だと……!?」

 田村は、俺に銃口を向けてくるが、俺は立ったまま真っ直ぐに田村の目を見る。

「――チッ! 1時間経ったらまずは貴様からだ!」
「申し出を受けていただき、感謝致します」

 俺は、すぐに漆原の元へと向かいステータスを参照する。



 ステータス 

 名前 漆原(うるしはら) 稀星(きらら)
 職業 公務員 ※日本ダンジョン探索協会所属キャンペーンガール
 年齢 23歳
 身長 152センチ
 体重 43キログラム
 
 レベル90

 HP147/HP900
 MP900/MP900

 体力14(+)
 敏捷22(+)
 腕力12(+)
 魔力 0(+)
 幸運 3(+)
 魅力33(+) 

 所有ポイント89


 
 まずいな、思っていたよりも傷が酷い。
 俺はズボンからベルトを外し太腿をきつく縛るが、血が止まらない。
 すでに、HPが120を切っている。

「どうする……、こうなったら――」

 スキル「大賢者」、お前の力を貸せ!
 


 ――スキル「大賢者」が回答します。
 ――右太腿の大腿動脈が銃弾により破損しています。計算では41秒後に出血死します。



「……ま、まだ……、死にたくない……」
「大丈夫だ」

 俺は意識が朦朧とし始めている漆原に激励の声をかけながら、スキル「大賢者」が羅列していくログに目を通す。
 動脈の縫合? そんなの俺にできるわけが……。

 医者でも、道具が無いと無理だぞ……。
 どうする? 
 どうすれば……。



 ――スキル「大賢者」が回答します。
 ――動脈を縫合ではなく、動脈を直接圧迫し止血してください。それで生命を数時間とりとめることができます。ただし長時間の血流停止は、右足の壊死を招きます。現在の場合、13分23秒が限界です。



「――くっ」

 

 ――動脈縫合のログを流します。手順に沿って行ってください。まずはアラミド繊維を抽出してください。
 

  
 俺は、スキル「大賢者」が高速で流れるログを見ながら漆原のタイツを裂く。



 ――スキル「救急救命LV1」を手に入れました。
 


 
 迷わずスキルにポイントを振る。



 「救急救命LV1」(ON/●OFF)→「救急救命LV10」(●ON/OFF)



 すかさずスキルにポイントを全振りしONにする。
 そして糸にしてから大きく開いた傷口をスキル「大賢者」が表示している画像を見ながら指示どおり動脈にアラミド繊維を括り付けてから縛る。
 すると出血が止まる。
 何とかうまくいったようだ。

 


 ステータス 

 名前 漆原(うるしはら) 稀星(きらら)
 職業 公務員 ※日本ダンジョン探索協会所属キャンペーンガール
 年齢 23歳
 身長 152センチ
 体重 43キログラム
 
 レベル90

 HP17/HP900
 MP900/MP900

 体力14(+)
 敏捷22(+)
 腕力12(+)
 魔力 0(+)
 幸運 3(+)
 魅力33(+) 

 所有ポイント89



「もう大丈夫だ」
「…………ありがとうございます」

 俺は、そのまま江原のもとへと走っていく。
 やはり同じ個所を撃たれている。
 俺は同じ要領でスキル「大賢者」が指示したとおり止血を行う。



 ステータス 

 名前 江原_(えはら) 萌絵(もえ)
 職業 公務員 ※日本ダンジョン探索協会所属キャンペーンガール
 年齢 20歳
 身長 148センチ
 体重 49キログラム
 
 レベル91

 HP37/HP910
 MP910/MP910

 体力10(+)
 敏捷19(+)
 腕力12(+)
 魔力 0(+)
 幸運10(+)
 魅力37(+) 

 所有ポイント90



 何とか江原も助けることができた。
 ――だが、問題は……、大腿動脈の止血をしたままだと10分前後で二人の足は壊死をしてしまう。

 もたもたしている時間はないな。
 田村、一人くらいなら何とか誤魔化せる範囲で倒せるだろう。
 
 ……問題は仲間がいた場合だが……。

 いまはそれを考えている余裕はない。

 それに外に繋がる道が瓦礫で塞がれている現状、撤去の時間も考えないといけないし、ホールから歩いて外までは10分ほどかかる。
 そうすると、残された時間は全く無いと言っていい。

「ずいぶんと手慣れているな? 貴様は医者か何かなのか?」

 田村は、俺の手際を見て好奇心を駆られたのだろうか話しかけてきた。
 俺は頭を振りながら立ち上がる。
 
「一つ伺いたいのですが、彼女たちの服は防弾だったはず。なのに、どうして――」

 男の問いかけには俺は答えずに質問する。
 一瞬、田村は苛立った表情を見せたがすぐに愉悦な表情を俺に見せてくる。
 
 ――やはり……。

 日本ダンジョン探索者協会の職員を田村は敵対視していた。
 なら……、日本ダンジョン探索者協会の職員を倒した武器を聞かれれば?

「ふん! いいだろう。冥途のみやげだ。この拳銃に使われている弾頭は特別製なのだ! カーボンナノチューブの結合を破壊する因子が組み込まれている!」
「なるほど……」

 俺の狙いどおり田村は得意げに俺に種明かしをしてくる。
 どうりで防弾・防刃に優れていると山根が言っていた服が手で裂けたわけだ。
 そしてスキル「大賢者」がアラミド繊維しか言わなかった理由もできた。
 カーボンナノチューブの結合が破壊されたからアラミド繊維しか残っていなかったから、スキル「大賢者」は、アラミド繊維としか言わなかったのだろう。

「どうやら、2Fに待機していた別の部隊が到着したようだな!」
「――!?」

 山根や楠が2階へ向かった通路から、アサルトライフルやショットガンを手に持った20人ほどの黒いボディーアーマーを着た人間がホールの中に入ってくる。
 そして、俺たちに気が付くと近づいてくる。

「田村、これはどういう状況だ?」
「この者が、代わりの人質になると言ったので、治療を許可しました。それより楠と陸上自衛隊の人間はどうしたんですか?」
「やつらは9Fへ向かっていった。我々の存在に気が付かずにな。9Fには特殊部隊を配置してある。さすがの山根でも勝てはしないだろう」
「そ、そうですか……」
「まぁ、倒したとしても……」

 田村と話していた男が懐から四角いスイッチを取り出すとボタンを押した。
 それと同時とダンジョン2階へと通じる通路が爆破され瓦礫により塞がれる。

「これで、ここのホールは孤立だ。さて、日本政府はどう対応してくるか見ものだな」



 

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